「手指」は「しゅし」か「てゆび」か。「しゅし」が比較的多かったのですが、「てゆび」も少なくありませんでした。新明解国語辞典はこのたびの改訂で「てゆび」を見出し語にしましたが、注目すべきは読み方だけではありませんでした。

「手指」という言葉の読み方を伺いました。

「しゅし」「てゆび」両様で認識

手指消毒の「手指」、どう読みますか?
しゅし 42%
てゆび 36%
上のどちらでもよい 22%

 

「手指」の読みは、「しゅし」が約4割と最多でした。しかし「てゆび」と大差はつかず、「どちらでもよい」という回答も約2割と、両様の読みで認識されている実態がうかがえます。

新明解、改訂で「てゆび」を採用

アンケートに回答すると見られる文章では「一般の人は『てゆび』とは、まず言わないのではないでしょうか。普通は『手の指』ですよね」と書いていました。これは、そもそも「手指(てゆび)」という言葉の意義そのものに疑問を感じてのことしでした。

「手指(しゅし)」は主に医療従事者の用語だったと思われます。それが、新型コロナウイルス感染防止のため、ありとあらゆるところで消毒液が設置されるようになりました。ちなみに、職場の消毒液ボトルには手書きで「手用消毒液」という文字が書かれていました。

一般向けではそれでよかったかもしれませんが、商品に印字するには言葉として据わりが悪い、それで消毒液に「手指」と付けられるようになったのだろう、つまり医療用・商用として「手指」という熟語が必要とされたにすぎないのではないか――そう考えました。だから原稿に「手指消毒」などと出てきたとき、「手の消毒」でいいのではないかと相談して直してもらったこともありました。

しかし、コロナ流行の初めごろならともかく、今は「手指」はそれほど忌避すべきものではなくなっているかもしれません。7、8年前なら、専門用語的な「しゅし」の読みしか辞書にはなかったと思われますが、今では三省堂国語辞典7版(2014年)、新明解国語辞典8版(2020年)が「てゆび」の見出し語を立てています。しかも、三省堂国語辞典は「てゆび」の語釈に「しゅし」もあるのに対し、新明解は「てゆび」しか採用していません。手指消毒液が新たな日常の必需品として定着したように、「てゆび」も日本語として定着しつつある可能性があります。

明治からあった「てゆび」

ところで、このアンケートを始めた直後、全く偶然ですが同じ問題で、遠藤織枝・元文教大学教授のメールをいただく機会に恵まれました。遠藤さんは「今どきの日本語 変わることば・変わらないことば」(ひつじ書房)などの著書があり、認定特定非営利活動法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)のウェブサイトに「やはり気になることば」という連載をしています。

遠藤さんによると、「てゆび」は最近生まれた読み方ではなく、明治時代の看護学の教科書に既に「手指」の読みとして「しゅし」と「てゆび」を併記したものがあるそうです。

「和語である日常語は『てゆび』で、漢語である専門用語は『しゅし』」「英語のFingerに当たる語は『指』、しかし『指』だけでは不安定なので『手指』とも言うようになった、そして、使っているうちに、『ゆび』だけの意味のほかに、『てとゆび』の意味でも使うようになった」ということです。

そのうえで、「シュシ」という耳で聞いてわかりにくい言い方よりは、わかりやすい「てゆび」を使ったほうがいいと遠藤さんはいいます。

コロナが変えた? 「手指」の意味とは

そして遠藤さんは、辞書の「手指」の意味に注目します。これまでの辞書では「しゅし」の読みであれ「てゆび」であれ一様に語釈は「手のゆび」でした。それが2020年11月発行の新明解8版では「手の指。手や指」としているのです。

確かに、今の「手指消毒」の「手指」は、指だけ消毒すればいいということではなく、手のひらや手の甲などもウイルス除去の対象ですね。「コロナは人知れず辞書も動かしていたのです」と遠藤さんも述べるように、辞書の担当者が最近の実態を反映させたのでしょう。

手指は「シュシ」ですか、「テユビ」ですか。―コロナ時代のことば(三省堂word wise web)

「手指」に読み取る「指までしっかり」の意

しかし、手は指も含むので「手指」を「手や指」と同義とするのはおかしいという見解もありそうです。そうなると「手指消毒」は単に「手の消毒」でいいことになります。もちろんそれはそれでいいと遠藤さんも賛同します。

ただ、「第3波」のまっただ中にもかかわらず、トイレを出る時ちょろっと水を手にかけるだけの人はいまだに少なくないように見受けられます。手のひらも、手の甲も、指も、指の間も、満遍なく丁寧に洗いなさい、という呼びかけには、理屈としては多少ダブり気味ですが「手指」の方がふさわしいかもしれません。

いずれにせよ、コロナを前提にした新たな日常とは、コロナへの恐怖に不感症になるということでは決してありません。皆さん、改めて感染対策の基本を心がけましょう。

(2020年12月28日)

質問に際して

ウイルス除去のための手指消毒薬など、至る所で「手指」という言葉が見られます。この手指という言葉、皆さんはどう読んでいますか。

広辞苑7版、大辞林4版、三省堂現代国語辞典6版、明鏡国語辞典2版は「しゅし」を見出しにして「てゆび」は立てていません。一方、第8版が出たばかりの新明解国語辞典では逆に「てゆび」を見出しにし「しゅし」は立てていません。三省堂国語辞典7版も同様です。

一般の人は「てゆび」とは、まず言わないのではないでしょうか。普通は「手の指」ですよね。とすると熟語としては「しゅし」が優勢になると予想されます。ただ、いずれも自分は使わないからと「どちらでもよい」を選ぶ人も多いかもしれません。結果はどうなるでしょうか。

(2020年12月10日)

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