先日の作業でのことです。国語世論調査の記事に「外来語使用に拒否感」という見出しがつきました。外来語は、なるべくなら日本語に言い換えるほうが望ましいと考えている人が多い、という内容の記事でしたので、特に問題があるとまでは思わなかったのですが、少しだけ違和感が残りました。この見出しを小声でブツブツ何度かつぶやいてみますと、私はどうやら「拒否感」という言葉に引っかかっているようでした。

作業当日にはこの違和感をうまく説明できなかったので、ここで少し考えてみたいと思います。

まず、「感」という言葉を辞書で引いてみます。ここで取り上げている「感」の意味が分かりやすいのは、この記述でしょうか。

かん【感】[一]《造語》②《接字》「…のかんじ」「…の様子」の意を表す。「圧迫感・優越感・臨場感」

(集英社国語辞典)

まさしく「拒否感」は「拒否のかんじ」「拒否の様子」を表しており、「圧迫感・優越感・臨場感」と同じ造語の仕方で問題がないように思えますね。もう少し「~感」の実例を並べて性質を考えてみます。「逆引き広辞苑」で「んか」の項を引いてみましょう。「かん(感)」の項目が立っていて、広辞苑では「~感」の見出し語がたくさんあることが分かります。せっかくですから全部引用しましょう。

哀- 一業所- 違和- 叡- 遠- 音- 快- 隔世の- 渇- 機- 危機- 既視- 蟻走- 共- 御- 偶- 減- 好- 業- 構造敏- 五- 御- 語- 今昔の- 再- 雑- 私- 視- 色- 質- 実- 使命- 重量- 情- 所-触- 神- 親近- 随- 寸- 性- 正義- 責任- 絶対音- 善- 増- 体- 第六- 多- 脱力- 聴- 直- 痛- 同- 動- 鈍- 肉- 熱- 反- 万- 美- 敏- 不善- 味- 冥- 無力- 冥- 優越- 予- 力- 立体- 流- 涼- 量- 臨場- 冷- 霊- 霊的交- 劣等-

これを眺めますと「~感」は「~」の部分の名詞と結びつき、「違和感・危機感・重量感」のように「~がある、~が存在する」、「使命感・正義感・責任感」のように「~を重視する」というような感じ、様子を表していることが分かります。しかし、「拒否感」と似た結びつき方をしているのは、「~する」という形の動詞(サ変動詞)を作る名詞に「感」がついた語です。逆引き広辞苑のリストの中では「親近感・脱力感・優越感・臨場感」がそれに当たります。

それぞれ「親近する・脱力する・優越する・臨場する」という動詞を作る名詞で、それぞれ「近しい感じ・力が抜ける感じ・自分が他より優れているという感じ・実際にその場にいるような感じ」を表しており、引っかかるようなことはありません。「拒否感」との違いは何でしょうか。

辞書でそれぞれの語を引いてみると、「親近する・脱力する・優越する・臨場する」はすべて自動詞であることが分かります。それに対して「拒否する」は「~を」という目的語をとる他動詞です。サ変他動詞に「感」がつく語を探してみると、先ほどの集英社国語辞典の用例にある「圧迫感」をはじめ、「解放感・統一感」などが出てきました。自動詞と他動詞とで何か違いがあるでしょうか。

そう、他動詞に「感」がついた語は受け身の「感じ」なのです。「圧迫感」は「圧迫されている、おさえつけられている感じ」、「解放感」は「解放された、束縛を解かれた感じ」、「統一感」は「統一された、全体がまとめられ、合わせられた感じ」を表します。私の違和感の理由の一つはここにあったようです。「拒否」が他動詞であったために「拒否感」については「拒否している、拒んでいる感じ」ではなく、「拒否されている、拒まれている感じ」という回路が働き、違和感になったのでした。また「外来語使用に」と「使用」が入ったことで拒否する主体が人であることがはっきりし、自動詞の感じを強く受けました。「外来語に拒否感」であれば、「外来語」を擬人化し「外来語が拒否されている感じ」というニュアンスで、やや他動詞の感じを受けたかもしれません。

他動詞に「感」がついたものでも、必ずしも受け身の意味にならない語もあります。たとえば「達成感」がそうで、「達成された感じ」というよりは「達成した、成し遂げた感じ」が普通だと思います。「拒否感」も使用実態をみれば、文脈によってどちらの意味にも使われている可能性があります。試しに過去3年分の本紙を調べてみたら、47件の使用例があり、受け身の意味で使っている例は一例もありませんでした。どうやらこの件は私の完全な取り越し苦労だったと言えそうです。また「国語世論調査」の記事だったこともあり、やや神経質になってもいたようです。私を信用して編集者の方々は見出しを「意味不明外来語なるべく避けて」と変えてくれました。誠に申し訳ありませんでした。ただ、私は現在52歳ですが、私の少年時には「達成感」も「拒否感」も現在ほど一般的な言葉にはなっていなかったように思います。比較的新しい言葉の部類に属すると言えるかもしれません。年配の方は私と同じような違和感を持たれることもあるのではないでしょうか。

「~感」は便利な造語成分で、いろいろな語と結びついて漠然と雰囲気を表す場面で使われるようになっています。三省堂国語辞典にはこんな記述もあります。

[最近は、いろいろな単語や句について名詞をつくる。「透(ス)け-のあるサマーニット・キャベツのぱりっと-・『塗(ヌ)った-』のない乳液」]

もともと漠然とした内容の言葉なのですが、使用する場面が拡大してきており、曖昧な文章が増えていく可能性があります。このような例が紙面化されることは、ある種のジャンル以外はさほど多くないと思いますが、分かりにくくならないよう、注意して使っていきたい言葉の一つでしょう。

【松居秀記】

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