読めますか? テーマは〈漱石「こころ」〉です。

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明らめる

答え
あきらめる
(正解率 22%)

明らかにすること。夏目漱石「こころ」の「先生」が、自分の恋する女性のことで親友に嫉妬する場面で「その性質を明らめたがりました」とある。今「あきらめる」といえば「諦める」。物事がはっきりすると諦めにもつながるので、諦めは「明らめる」からきた言葉という。「こころ」の書かれたちょうど100年前、まだ本来の意味の「あきらめる」は使われていた。

(2014年09月22日)

選択肢と回答割合

あからめる 67%
あきらめる 22%
あけらめる 11%


良人

答え
おっと
(正解率 78%)

「夫」と同じ。漱石「こころ」の前半では「先生の態度は何処(どこ)までも良人らしかった」。そのすぐ前には「自分と夫の間には」とある。表記の混在期だろう。「りょうじん」「りょうにん」などとも読む。

(2014年09月24日)

選択肢と回答割合

おっと 78%
こいびと 11%
なこうど 11%


畏縮

答え
いしゅく
(正解率 81%)

おそれて気持ちが小さくなること。似た意味に「萎縮」があり「畏縮」は今ほとんど使われない。漱石「こころ」の前半では「私はむしろ先生の態度に畏縮し」とある。後半の「先生」と親友との場面では「萎縮」も出る。

(2014年09月25日)

選択肢と回答割合

いしゅく 81%
きょうしゅく 6%
わいしゅく 12%


私語く

答え
ささやく
(正解率 58%)

漱石「こころ」では「奥さんは私の耳に私語くような小さな声で、『実は変死したんです』といった」。何も知らない「私」が初めて「先生」にはただならぬ過去があると告げられる場面だ。「こころ」は岩波書店の最初の本として1914年9月に出版された。

(2014年09月26日)

選択肢と回答割合

ささやく 58%
さんざめく 31%
しごく 11%


◇結果とテーマの解説

(2014年10月05日)

この週は9月が夏目漱石の「こころ」出版100周年ということから、「こころ」の中から100年前の日本語の一端を紹介する意図で出題しました。

朝日新聞ではこの9月まで再連載していました。そこで気が付かれた方も多いでしょうが、連載時は「心」と漢字のタイトルでした。岩波書店初の出版となった、漱石が自ら装丁した初版本では、箱に「心」とあるのに本体の背表紙は「こゝろ」となっています(写真は復刻版)。今では「どっちが正しい題だ」と問題になるでしょうが、当時はこういう不統一が許される状況でした。

今野真二「百年前の日本語――書きことばが揺れた時代」(岩波新書)によると、当時の日本語は「揺れ」の中にあったといいます。〈「揺れ」というと、不安定な状態を想像しやすいが、そうではなくて、むしろ「豊富な選択肢があった」と捉えたい〉〈現代は、使用する文字、漢字の音訓などに関して、できるだけ「揺れ」を排除し、一つの語は一つの書き方に収斂させようとする傾向が強い。このような状態になったのは、日本語の歴史の中で、ここ百年ぐらいの間であり、それまでは、「揺れ」の時期がずっと続いていた〉

さて、出題の言葉は岩波文庫の「こころ」をテキストにしています。初版本や自筆原稿で確認したわけではないことをご承知おきください。

「明らめる」(下 先生の遺書 二十八)の正解率が最も低くなりました。「あきらめる」といえばいま「諦める」ですから違うと思われたのでしょう。「諦」も入った新しい常用漢字表では「明」は「明らか」などの例はあっても「明らめる」はありません。意味が違う言葉で「赤らめる」はありますので、現代ではどうしてもそちらの読みに引きずられてしまいます。しかし、100年前は「あきらめる」という言葉に、本来の「明らかにする」という意味が生きていた、というのは再読しての発見でした。

「良人」は出題時の解説にも記したように、その直前に「夫」とあるのが目を引きました(上 先生と私 十九)。「自分と夫の間には何の蟠(わだか)まりもない」「先生の態度は何処までも良人らしかった」。この二つの使い分けに文脈上の差異をみいだすことは可能ですが、漱石は意識していたのでしょうか。単に当時の習慣として、同じ表記の繰り返しを避けただけかもしれません。

「畏縮」(上 先生と私 三十一)と「萎縮」(下 先生の遺書 四十二)の使い分けに文脈の差異を求めるなら、前者の相手が「先生」、後者の相手が先生の友達Kという違いがあります。なお後者は、先生が恋敵であるKに「一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」とダメージを与える、クライマックスというべき場面です。「私がこういった時、脊の高い彼は自然と私の前に萎縮して小さくなるような感じがしました」。コンプレックスを感じていたKに対し先生が心理的優位に立ったことを表す描写です。

「私語く」は出題時には「上 先生と私 十九」から引きましたが、先述の緊迫のシーンでも出ます。「もし誰か私の傍へ来て、御前は卑怯だと一言私語いてくれるものがあったなら、私はその瞬間に、はっと我に立ち帰ったかも知れません」。この当て字は漱石独自のものなのでしょうかと、ツイッターで質問がありました。岩波文庫の注釈では、そういう語は「漱石の当て字」とあるのですが、「私語く」にはそれがないため、漱石の専売特許ではないことが想像されます。はたして日本国語大辞典には蒲原有明による1902年の「私語(ササヤキ)」の使用例が載っています。

出題者は個人的に、主要人物が2人とも自殺するという悲惨な内容の小説が今も持てはやされることがやや不思議なのですが、100年前の日本語を概観するのに最良のテキストであることは疑いを入れません。
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