よその土地ではその土地に合わせるべし、ということわざをどう言うかは、辞書に載っている形の「郷に入っては郷に従え」を選んだ人が過半数を占めました。一方で「入れば」も3分の1近くを占め、この形も否定することはできないようです。

「~郷に従え」につながる言い回しについて伺いました。

「入っては」が過半数、「入れば」も3割超

「よその土地では、その土地の習俗に合わせるべし」ということわざ。どう言いますか?
郷に入っては郷に従え 56.6%
郷に入れば郷に従え 32.7%
上のいずれでもよい 10.6%

 

よその土地ではその土地に合わせるべきだという意味のことわざをどう言うかは、辞書に載っている形の「郷に入(い)っては郷に従え」を選んだ人が過半数を占めました。一方で「入れば」も3分の1近くを占めており、現代的な形も好まれているようです。

国語辞典は「郷に入っては~」で掲載

国語辞典は「郷に入っては郷に従え」について、「その土地にはいったら、その土地の習慣に従うべきだ」(岩波国語辞典8版)のように説明します。三省堂国語辞典(8版)などは「郷に入りては~」の形で載せていますが、これは音が「入って」(促音)に変化していないだけで、言葉としては同じです。末尾を「従う」とした形を載せている辞典類もありますが、これも意味は同じ。「人は住んでいるところの風俗や習慣に従うのがよい」(「成語大辞苑」主婦と生活社)のように説明しています。

この言葉の初出例は、日本国語大辞典では「童子教」(鎌倉後期の成立とされる子ども向けの教科書)とされます。その形は「入郷而随郷、入俗而随俗」というもの。「郷に入っては郷にしたがい、俗に入っては俗にしたがう」。「したがう」に「随」を当てていますが、ほぼ現在伝わる形と一緒です。「而」は漢文では置き字として読まれないことが多いものですが、それを含む文は「~て」という形をしばしば取ります。「郷に入っては~」という形を取るのは漢文の読み方からは自然だと言えそうです。

戦中期には「入れば」も浸透か

しかし辞書でも見かけない「郷に入れば」という形はいつの間に出てきたものでしょうか。青空文庫で検索してみると以下のような例がありました。

寮では寮生のすべては丸刈りたるべしという規則がある。郷に入れば郷に従えという諺(ことわざ)を君は知らぬのか。(織田作之助「髪」1945年)

ここじゃ、日本の理窟は通らないんだからね、郷に入れば郷に従えってこと、君、知ってるだろう。(横光利一「旅愁」1937~46年)

小説に出てくる言い回しというのは、その時点で既に相当程度広まっていたものと考えられます。少なくとも太平洋戦争期には「郷に入れば~」の形も使われていたものと言えそうです。

国会会議録での「郷に入れば~」の初出は1952年の第13回国会で、2022年6月までの全会期での使用例は29件。「郷に入っては」「郷に入りては」は計37件で、口頭で用いる場合に「郷に入れば」もよく使われることがうかがえます。

意味の上では、岩波国語辞典が「その土地に入ったら~」と仮定の形で説明しているように、「入れば」という形がしっくりきます。漢文訓読の習慣が薄れた今の時代には、意味の取りやすい「入れば」の形がなじむのかもしれません。

「入れば」も認めてよさそう

今回の質問は、新聞の記事や原稿で時折見かける「郷に入れば郷に従え」という形は許容されるものだろうか、という懸念から伺ってみたものでした。アンケートの結果では過半数が辞書にある形の「郷に入っては~」を選びましたが、「いずれでもよい」を含めて4割以上が「郷に入れば」を認めたことを考えると、必ず直さねばならないものではないと言えそうです。派生形として受け入れてもよいのではないかと考えます。

(2022年07月07日)

質問に際して

よその土地に行ったなら、その土地の習慣・風俗に合わせるべきだという意味のことわざです。末尾は「従う」「従え」両様ありますが、ここではそれは問題にしません。国語辞典などには「郷に入(い)っては……」という形で記載されています。▲ただこの言葉、相当な頻度で「郷に入れば」……」という形でも使用されています。毎日新聞の記事データベースを検索すると、「郷に入って(入りて)は郷に従」の形で39件(東京本紙、地域面除く)、「郷に入れば郷に従」(同)では30件がヒットします。「入れば」も無視できない勢力です。▲映画「シン・ウルトラマン」で外星人のメフィラスこと山本耕史さんは「郷に入っては郷に従う。私の好きな言葉です」と口にしました。なるほド、辞書通り、と思いましたが、ことわざ自体は「メフィラス構文」(「~。私の好きな(苦手な)言葉です」という形を取る)に比べれば話題にならなかったかもしれません。ともあれ、新聞記事では比較的よく見る「郷に入れば~」の形も皆さんに許容されるのか、伺ってみたいと思います。

(2022年06月20日)

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