野球で相手投手をマウンドから「引きずりおろす」という場合に「おろす」をどう書くかは、「降ろす」が「下ろす」をやや上回りました。辞書の見出し語では「下ろす」とされていますが、辞書の編者は表記には幅が認められるといいます。

「引きずりおろす」の「おろす」の表記について伺いました。

「降ろす」がやや優勢

相手投手をマウンドから「引きずりおろす」――この「おろす」はどう書きますか?
下ろす 45.6%
降ろす 54.4%

 

ほぼ半々に分かれましたが、「降ろす」の方がやや多いという結果になりました。野球を題材にしたため、「降板」(投手が交代させられてマウンドを降りること)のイメージから「降ろす」を選んだ人が多いと考えられます。

辞書の表記は「下ろす」だが

「引きずりおろす」は「引きずる」と「おろす」の複合動詞で、意味は「①強く引っぱっておろす②自分より上位の者を強引に失脚させる」(明鏡国語辞典3版)のように説明されます。

国語辞典の見出し語の表記を見ると、どの辞書も「引き摺り下ろす」と「下」を使っていました。一方同じ複合動詞で、「下りる」「降りる」両方の表記が考えられる「とびおりる」についても確認してみると、こちらは「飛び降りる」「飛び下りる」と「降」「下」両方の表記を併記しているものがほとんどでした。

「よく使われるか」で記述に差

なぜ辞書で「引きずりおろす」には「下ろす」の表記しか示されていないのでしょうか。

三省堂国語辞典編集委員の飯間浩明さんは「それぞれの語の使用頻度や、意味用法の複雑さによって、表記の親切さにおのずと差がついた結果」だと言います。「とびおりる」について同辞典8版では「①高い所からとんで下へおりる」場合は「とび上がる」との関係から「飛び下りる」、「②動いている車などから勢いよく地上におりる」場合は「とび乗る」との関係から「飛び降りる」と書き分けています。

「辞書では一般に、よく使われることばほど、説明は丁寧になる傾向がある」(飯間さん)ため、比較的使用頻度が多い「とびおりる」は複数の表記が示され、「引きずりおろす」は使用頻度が少ないこともあり表記は1種類のみとなったようです。

辞書の表記が全てではない

また、書き分けについて、岩波国語辞典編者で国立国語研究所准教授の柏野和佳子さんは「『引きずり下ろす』と一般に書くが、『乗』『登』の対を意識する場合、『引きずり降ろす』も好まれる」と分析します。

広辞苑7版には「おりる」について「用字で、『下』は『上』の対、『降』は『乗』『登』の対になる意味の場合に使うことが多い」、「おろす」は「広く一般には『下』。上げるや乗せるの対の意味の場合に『降』をよく使う」とあります。

ここから柏野さんは「おろす」について「広く一般には『下』。『上がる』『上げる』の対の意味の場合に『降』を使うこともあり、『登る』『乗せる』の対の意味の場合に『降』をよく使う」と理解するのがわかりやすいとし、「引きずりおろす」についても同様に考えられると言います。

「辞書にその表記がないからといって、そう書かない、ということではありません」と柏野さん。飯間さんも「辞書の説明は『この表記にすべきだ』と『べき論』にしてはならない。表記に関するなじみ・好みはそれぞれで、それぞれの人の表記を尊重したいと考えます」。辞書の表記についてはお二人とも、縛られ過ぎないようにとの考えを示しました。

「引きずりおろす」 表記は柔軟に

今回の質問の「引きずりおろす」については、書き分けの基準はあいまいで、個別に検討する、もしくは書いた人の好みを尊重する、といったかたちが考えられます。ただし、アンケートの結果から見れば、野球に関しては「引きずり降ろす」が好まれるとは言えるかもしれません。辞書に「引きずり下ろす」しか載っていないからといって表記がそれに限定されるわけではなく、「引きずり降ろす」が優先される場面もあると考えてよさそうです。

(2022年06月09日)

質問に際して

「引きずりおろす」とは「①強く引っぱっておろす②自分より上位の者を強引に失脚させる」(明鏡国語辞典3版)ことで、野球では相手投手を打ち崩すなどして降板させることを意味します。▲そこでいつも迷うのが、「おろす」の漢字表記です。毎日新聞では「上から下へ(おろす)」の意では「下ろす」、「乗り物、地位などから(おろす)」は「降ろす」を使うと決めています。ただ「引きずりおろす」の表記については統一しておらず、紙面にはどちらの表記も登場しています。▲ベンチに下がらせる、マウンドという一段高い場所から下げるなどの意味で「下ろす」? はたまた降板させる、マウンドに上がった投手という地位から退かせるという意味で「降ろす」? 皆さんがしっくりくるのはどちらの表記でしょうか。

(2022年05月23日)

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