汚名をそそぐという意味での「汚名挽回」という表現をどう感じるかは、「おかしい」とした人が4分の3を占め、「問題ない」は1割に届きませんでした。現在は評価の割れている表現ですが、これほど差がつくと使うのはためらわれます。

「汚名挽回」という言い方について伺いました。

「おかしい」が4分の3占める

汚名を晴らす意味での「汚名挽回」という言い方、どう感じますか?
問題ない 8.5%
違和感はあるが、意味は分かるので許容範囲 15.7%
おかしい。「汚名返上」「名誉挽回」などとしたい 75.7%

 

汚名をそそぐという意味での「汚名挽回」は現在、使ってよい言い方かどうか評価が割れている表現ですが、アンケートでははっきりとした差がつきました。「問題ない」は1割に満たず、「おかしい」が4分の3。これほど差がつくと「汚名挽回」を使うのはためらわれます。

「誤用」→「正しくないとされる」の差

結果には差がつきましたが、「汚名挽回」についての評価の動きは、大辞泉2版(2012年)と、随時更新されているデジタル大辞泉の記述の差から読み取れるのではないかと思います。ともに「汚名」の項目で「補説」として以下のように記します。

「汚名挽回」「汚名を挽回する」は誤用。「汚名返上」「汚名を返上する」「名誉挽回」「名誉を挽回する」が正しい使い方。(大辞泉2版)

「汚名挽回」「汚名を挽回する」は正しくないとされる。「汚名返上」「汚名を返上する」「名誉挽回」「名誉を挽回する」が正しい使い方。
 「汚名挽回」を誤用とする説、正しいとする説とがあるが、これは「挽回」の解釈の相違による。誤用説は「失ったものを取り戻す」意とし、正しいとする説は「もとのよい状態を取り戻す」意とする。(デジタル大辞泉)

書籍の大辞泉2版の時点では、「汚名挽回」についてシンプルに、汚名をさらに得ることと見なして「誤用」としていたものが、デジタル版では「正しくないとされる」と判定が若干留保されています。大辞泉自体としては「汚名挽回」は好ましくないと捉えているようですが、「挽回」は「よい状態を取り戻す」ことだとする考え方もあることを提示し、判断の割れる語であることを示しています。

「退勢を挽回」はおかしいか

「挽回」はどう使うべき言葉なのか。青空文庫で検索してみると、目立つのは「頽勢(たいせい)を挽回する」「家運を挽回する」といった使い方です。「頽勢」は今は「退勢」とも書きますが、「衰えてゆく形勢」(岩波国語辞典8版)の意。「家運」の方も実際の使われ方は「(傾いた)家運」のように修飾語が隠れているものです。要するに「挽回」は、弱くなった、力の減った何かを元の状態に戻すという意味合いで使われています。

「退勢を挽回する」といった場合は、「本来あるべき(元々あった)勢力」と「現状の退勢」の差分を取り戻すことです。あるいは「遅れを挽回する」という場合も同様で、「本来の(元々予定された)進み具合」と「現状の停滞」の間の差を取り戻すことが「挽回」です。いずれも「劣勢」や「遅れ」そのものを取り戻すわけではなく、本来のあり方とのギャップを取り戻すものとして、違和感のない使い方だろうと考えます。

「汚名挽回」と「疲労回復」

それでは「汚名挽回」「汚名を挽回する」はどうでしょう。「汚名」は「悪い評判。不名誉」(明鏡国語辞典3版)のことです。本来あるべき名誉と、現状の汚名との間の差を取り戻すことを「挽回」と言えるのかどうか。

三省堂国語辞典8版は「汚名」の項目で

「汚名挽回」は、汚名を着た状態を元通りにすることで、「名誉挽回」と同じ。汚名を取り戻すことではない。「疲労回復」が「元気回復」と同じ意味になるのと似ている。

としています。この説明に説得力があれば「汚名挽回」も不都合ではないということになるはずですが……。

出題者としては、「疲労」と「元気」の場合はなんとなく、格闘ゲームに出てくるキャラクターのHP(体力)のゲージ(目盛り)のようなものを想像して、例えば「0~100」で0に近づけば疲労、100に近づけば元気、という量的なイメージで、「疲労回復」にも「取り戻す」という感覚を持つことができます。(「疲労挽回」とは言いませんが、これはそもそも「挽回」を人間の健康状態について使うことがないためです)

しかし、かりに「汚名回復」と言ってみた場合には、ちょっと違和感が強いようです。慣用としてなじんでいないだけだと言えばその通りですが、「汚名」についてはこれまで見た「退勢」「遅れ」「疲労」などの用例と質的な差がある印象も受けます。どうも「取り戻す」こと自体に、量的なイメージを持てる方がなじみやすいという性質があるのではないかと感じます。名誉を取り戻すことと汚名を取り払うことが全く同じこととは言い切れないことも、事情を複雑にしていると考えられます。「汚名挽回」も日常的な用法として意味は伝わると考えるのですが、これをあえて使用する根拠を示すのは、簡単にいかないようです。

「経済的な表現」との見方も

国広哲弥さんの「新編 日本語誤用・慣用小辞典」(講談社現代新書)では、「汚名挽回」は混交表現(似た意味の言い方が二通りある場合、意味が似ているとか、表現の一部が共通であるがゆえに途中で混じり合ってしまい、表面的には奇妙な意味の表現になってしまう現象)の一つとして取り上げられています。

著者は「汚名挽回」を「汚名返上」と「名誉挽回」の混交表現としつつも、この言い方について

「名誉挽回」だけでは物足りず「汚名をこうむった」ことも表現したいという気持ちが働き、結局混交表現になってしまったということだろう。これは、もし誤解の恐れがなければ、誤用として一概にしりぞけるのではなく、「汚名挽回」という簡単な表現で「汚名返上」と「名誉挽回」の両方の意味を伝える経済的な表現法として活用することもじゅうぶんに考えられる。

と言います。乱暴に感じる人もあるかもしれませんが、面白い考え方とは思います。確かに「汚名返上」はマイナスがゼロになった状態を示すにとどまり、「名誉挽回」では挽回以前のマイナスの状態が明示されていません。「汚名挽回」が通用するなら、ひと息でマイナスからプラスへの移行を伝えることができ、便利な表現と言えるのかもしれません。

使いにくいのは確か

もっとも、今回のアンケートでは「汚名挽回」はおかしいとした人が4分の3を占めました。出題者としても、これを誤りと言い切る必要はないと感じますが、「汚名挽回」で十分なじむという確信があるのでなければ、やはり従来の基準に合わせて「汚名返上」「名誉挽回」を使うのが無難であると言えるでしょう。

(2022年06月02日)

質問に際して

川添愛さんのエッセー集「言語学バーリ・トゥード」(東京大学出版会)に「言語学者だというと、言葉の使い方に厳しい人だと勘違いされる」といったことが記されているのを読み、「そういう小うるさいのは校閲記者とかですよね」と、何となく申し訳ない気持ちになりました。もちろん学者でも、研究の一環として規範的な言語使用を扱う人はありますが、それはむしろ例外的でしょう。▲それでも川添さんは同書中で「ことば地獄めぐり」という一節を割き、「誤用」判定の「地獄」について語っています。校閲記者も獄卒の一員でしょうから苦笑が浮かびますが、その中に正しいか誤りかで見解が分かれる言葉として「汚名挽回」が出ていました。▲「汚名挽回」は「汚名を取り戻す」という意味でおかしい、とする意見がある一方で、三省堂国語辞典(8版)のように「汚名を着た状態をもとどおりにすることで、『名誉挽回』と同じ」とする考え方もあります。ただし新聞としては、先ごろ改訂された日本新聞協会「新聞用語集」でも言い換えを促しており、「汚名挽回」をそのまま使うことはありません。▲出題者としては、職業的には一定の目安が必要だと思うものの、身の回りの言葉遣いとしては問題ないかなというところですが、実際にどう思われているのかは気になるところです。皆さんはどう感じるでしょうか。

(2022年05月16日)

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