住居を立ち退く意味の「たいきょ」の表記は「退居」が5割程度でやや優勢でした。本来の表記の「退去」は4割程度。「退居」は元は「隠居」のような意味でしたが、「入居」と見た目が対応するためか、新しい意味が浸透しつつあるようです。

住居を立ち退く「たいきょ」をどう書くか伺いました。

「退居」がやや優勢

引っ越しシーズン。現住所を引き払う「たいきょ」、どう書きますか?
退去 39.6%
退居 49.3%
どちらでもよい 11.1%

 

現在の住居を立ち退くことについて「たいきょ」という場合の表記をどうするかは、新しい使い方の「退居」が5割程度でやや優勢でした。本来の表記である「退去」が4割程度、どちらでもよいという人が1割。「入居」と見た目が対応することから「退居」がなじむと考える人が多いのでしょうか。

「退居」はもともと「隠居」の意

不動産サイト大手「ライフルホームズ」の不動産用語集のページは「退去(退居)」の項目で以下のように記しています。

もともとの漢字は“退去”が正しく、公式な文書でもこちらが使われていますが、“入居”や“転居”などの言葉と合わせる意味で“退居”と書かれることもあります。

不動産業界でも本来の表記は「退去」だと考えられていることの証拠になりそうですが、同時に「退居」という表記が浸透しつつあることも示しているようです。

「退居」という言葉については、毎日新聞のニュースサイトでは校閲センターの連載「再思三省」の中で取り上げたことがあります(第67回 出入りの際はご注意を)。当該記事ではまず「入退出」という書き方に触れた上で(通常なら「入退室」がよい)、「入退居」についても以下のように記します。

賃貸住宅などに住み始めたり立ち退いたりすることを「入退去」「入退居」と書くのを見かけます。「退去」とはいっても「入去」とはいわず、また「退居」は「入居」の対語ではなく隠居のような意味なので、無理に一語で表すのはやめて「入居・退去」などと書くのがよいでしょう。

国語辞典では従来、「退居」については「俗世間から離れて静かに暮らすこと。隠居」(明鏡国語辞典3版)のように説明してきています。「入居」と見た目が対応しているとは書きましたが、元は対語というわけではなく、世間から退くという意味で「退」が用いられるということです。

三省堂は新用法がお好き?

しかし、このような隠者的生活を「退居」とする用法は、ほとんど目にすることがありません。国語辞典でもそもそもこの語を載せていないものもあり、使用実態の空白に新しい意味が入り込んできたようです。確認できただけでも、書き方に濃淡はありますが、新しい用法を載せている国語辞典が5点ありました。

 (①として旧来の意味を載せた上で)②俗に、それまでの住居から立ち退くこと。←→入居。(大辞林4版)

 (「退去」の項目で)住居をたちのく意味では、俗に「退居」とも書く。(三省堂現代新国語辞典6版)

 ①〔住宅から〕立ちのくこと。「マンション〈を/から〉退居する」(←→入居)②〔文〕隠居。(三省堂国語辞典8版)

 ①それまでの住まいからたちのくこと。「退居届」←→入居。②[文章語]隠居。参考:「退居」は市中の暮らしからしりぞく意味だったが、入居・転居などの連想から「退去」にかわって使うようになった。(新選国語辞典10版)

 (旧来の意味は掲載無し)賃貸物件や不法占有した場所から出ていくこと。「退居を迫られる/即刻退居せよ」(新明解国語辞典8版)

俗用とするものから、もはや旧来の意味など無かったかのように説明するものまでありますが、どうも三省堂の辞書が、よく新しい用法を拾っているようです。独自の語釈で知られる新明解が一番踏み込んでいるように見えるのはやや意外ですが、これもまた独自路線と言えるかもしれません。

新聞の用語集も対応が必要か

新聞としての立場を言うなら、当面「退居」を認めるのは難しいかと感じます。毎日新聞用語集には「たいきょ」そのものを取り上げた項目はありませんが、これはたぶん、そもそも使い分けに迷うようなものではないと考えているためでしょう(「たいきょめいれい」の項目で、「退居命令」を誤りとして「退去命令」とするよう案内していますが、これは法令用語として取り違えのないよう配慮したものとみられます)。

とはいえ今回のアンケートの結果としては「退居」の方が優勢でした。これほど「退居」が浸透しているのであれば、新聞用語としても例えば、「住居を立ちのく意味でも『退去』と書く」とするような、何らかの対応が必要になるかもしれません。

(2022年04月12日)

質問に際して

転勤などのために引っ越しをする人の多いシーズンです。今住んでいる部屋を引き払って、別の部屋に入居する人もいるでしょう。「その家屋に入って、住みつくこと」(岩波国語辞典8版)は「入居」と書きますが、「立ちのくこと」(同)を意味する「たいきょ」は「退去」と書くのが一般的です。▲しかし近年、「退居」という書き方が目につきます。最近刊行された新選国語辞典10版は「退居」を見出し語に採用しており、以下のように注記します。「『退居』は市中の暮らしからしりぞく意味だったが、入居・転居などの連想から『退去』にかわって使うようになった」。もはや「それまでの住まいから立ちのくこと」(新選10版)という意味では「退居」を使うのが標準的だというようです。▲新選の注記が触れているように、「退居」は元来、「隠居」と同じような意味で使う言葉でした。国語辞典でもその意味のみを認めているものは少なくありませんが、「退去」の代わりに使うという人が増えているのは事実なのでしょう。この場を利用して実態はどれほどのものなのか、伺ってみたいと思います。

(2022年03月24日)

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