「東京以降の夏季五輪」は東京五輪も含むと考える人が3分の2を占めました。「以上」や「以下」の場合は基準点を含むので、「以降」についても同様とする人が多いようです。しかし、数値以外を基準とする場合には曖昧になることもあります。

「以降」という言葉を使った表現について伺いました。

3分の2は「基準点も含む」

「東京以降の夏季五輪」と言った場合、東京五輪も含みますか?
東京五輪も含む 67.3%
東京五輪は含まない 17.6%
含むか含まないかは文脈によって判断する 15.2%

 

「以降」という言葉を使う場合には、基準点も含むと考える人が3分の2を占めました。「以上」や「以下」の場合は基準点を含むのが普通なので、同様に考える人が多いようです。しかし実際の使われ方からは、そうすっきりとは割り切れない様子もうかがえます。

「以降」と「以後」の近さと違い

「以降」は「以後」と近い言葉です。新明解国語辞典(8版)のように「以後」については「これから先(ずっと)。今後」という意味を記し、「以降」についてはこの意味の「漢語的表現」とだけ説明する国語辞典もあります。

もっとも多くの辞書はもう少し使い分けを意識しています。例えば三省堂国語辞典(8版)のような「『以後』は、そこから始まる時を、『以前』との対比でとらえる。『以降』は、そこからずっと続く時を指す。日程の相談でよく使うことば」という説明が分かりやすいでしょうか。「以後」は区切りに重きが置かれ、「以降」はその時からの継続に着目した言葉、という感じです。

ただし、いずれの言葉も「以」という起点に関わる文字を含む点では変わりません。辞書類の「以後」についての説明も参照しつつ考えていきます。

通常は「基準点も含む」のだが…

新潮日本語漢字辞典は「以」の字について、「ある地点を基準にして、それより。一般に基準点自身をも含む」と述べます。また、文化庁の「言葉に関する問答集16」は「以後」と「以降」の違いについて触れた項目で、

この場合、「以」がつくときの意味は、「以上・以下」などに見るとおり、基準となるものを含むことになる。したがって、「以後」も「以降」も、基準となる時点を含むことでは、同じ用い方になる。

としています。これらの記述を見る限り、「東京以降の夏季五輪」という質問文の場合は「東京五輪およびその後の夏季五輪」と受け止めるのが標準的と言えるでしょう。

しかし回答から見られる解説では、質問文のような場合でも起点を含まない場合を例示しました。他にも例えば「第二次世界大戦以降、最悪の人道危機」といった場合には、この「以降」の期間に「第二次世界大戦」は含まれていません。他にも「これだけの成長率はバブル期以降実現していない」といった場合、やはり基準点の「バブル期」は「以降」に含まれていないと受け止めるのではないでしょうか。

基準が数値以外だと曖昧に

国語辞典にも、こうした「揺れ」について説明を試みるものがあります。三国は「以後」の項目の中で

「選挙以後・ニーチェ以後」など、ものごとや人も基準にする。その基準を含むかどうかは文脈次第。

と言います。明鏡国語辞典(3版)は同じく「以後」の項目で、「使い方」としてより丁寧に

基準の数値を伴う場合はそれを含むと規定される。ただし、数値を伴わないでいうときはあいまい化しやすく、「明治以後」では明治を含むのが一般的だが、含まないこともある。

としています。

要するに、「○年以降」のような、年月などのはっきりした数字がある場合には起点を含むが、そうでない場合は文脈によって判断するということです。いずれも「以後」の説明ではあるのですが、「以降」とは意味の重なりが大きいので、同様に考えて差し支えないでしょう。

誤解されない使い方を

アンケートの結果として「基準点も含む」と考える人が多数を占めたことは、辞書などの記述に照らしても、もっともなことだと思います。ただし一方で、基準点を含まない場合があることや、文脈からくみ取るべき場合があることは心に留めておくべきだろうと考えます。

三省堂国語辞典は「以後」の項目で、書き手(話し手)の側の心得として「その時をふくむかどうか明確にするには」、「一日以後」のような書き方をせずに「一日およびそれより後」「一日よりも(もっと)後」などとした方がよいといいます。しかしちょっと面倒くさい書き方で、やはり「以降」や「以後」を使う方が便利であると感じますが、その便利さが曖昧さに通じてしまうことがないようにしなければなりません。使う際には何らかの形で誤解を防ぐ配慮をする必要があるでしょう。

(マーカーを引いた部分、「明鏡国語辞典(3版)」と誤っていたものを指摘を受け修正しました。申し訳ありませんでした)

(2022年03月15日)

質問に際して

「国際オリンピック委員会は2017年、東京以降の夏季五輪の開催国として24年にパリ、28年にロサンゼルスの2都市を同時に決めた」――こんなくだりを原稿で目にしました。この場合の「東京以降」は「東京よりあと」という意味で使われており、東京五輪が含まれないことは明らかです。▲しかし一方で「東京で金メダルを取り、パリ以降でも王座を守る野望を抱く」とあるなら、この場合の「パリ以降」はパリを含んでいると読まれるでしょう。この場合も誤解の余地はないはずで、校閲から何かを指摘するということにはならないと思います。▲国語辞典には「以降」について「基準となる時点・期間や、時間的序列などを含んで、それからのち」(明鏡国語辞典3版)のように記すものもあります。つまり「○○以降」という場合には「○○」も含むと考える方がよいのかもしれませんが、実態はまちまちで文脈次第という印象を持っています。みなさんはどう考えるでしょうか。

(2022年02月24日)

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