マラソンの「記録を伸ばした」という言い回しについては「違和感が強い」とした人が最多で約4割を占めました。この場合の「伸ばす」は「プラスの方向に引き上げる」意味ですが、「長くする」という語感もあり違和感が生じるようです。

タイムを競う競技での「記録を伸ばす」という言い方をどう感じるか伺いました。

4割が「違和感が強い」を選ぶ

マラソンの「記録を伸ばした」――カギの中、どう感じますか?
問題ない 24.5%
違和感はあるが許容範囲 34.4%
違和感が強い。「タイムを縮めた」などとしたい 41.1%

 

マラソンの「記録を伸ばした」という言い回しについては「違和感が強い」とした人が最多で約4割を占めました。出題者も引っかかる表現なのですが、これだけの人が強い違和感を示したことを考えると、使用には注意が必要だと感じます。

「のばす」は「状態やレベルを引き上げる」こと

森田良行さんの「基礎日本語辞典」(角川書店)は「のばす」の項目で、基本的な意味としてまず「それまでの状態やレベルを、プラスの方向(増大、進展)へと引っ張り、引き上げる」と記しています。時間・空間的に「長くなること」だけでなく、例えば売り上げを「のばす」ならたくさん売れるようになること、数学の実力を「のばす」なら難問も解けるようになること、といった感じでしょう。同様に「記録をのばす」も「記録が良くなること」のはずで、たとえマラソンであれ、本来は使用に支障はないはずです。

同書は一方で、「のばす」を「物主体の場合」「時間主体の場合」「事柄主体の場合」の三つに大きく分けて説明しています。「時間主体の場合」の内訳として〈所要時間の長さ〉の場合は「時間的延長である。期間・時間を長くすること、長くなること」と言います。この「時間を長くする」という意味が、マラソンの記録などの「タイムを短くすること=記録が良くなること」という性質とかみ合わない印象を与えます。

数字が入ると強まる違和感

今回質問で挙げたような例は、新聞記事では以下のような形で現れました。

・マラソンに挑戦しはじめると、初マラソンの3時間38分から記録はどんどん伸びた。
・つま先ではなく足裏で地面をとらえるフォームを身に付けると、記録は自然と伸びていった。
・(車いすマラソンで)タイムは1時間53分23秒と伸び悩んだが、完走した。
・昨年の大阪国際女子マラソンで2時間23分48秒に自己ベストを伸ばした。

「伸ばす」と同様に「伸びる」も使われていますが、具体的な数字が入ると、特に違和感が強まるように感じます。こうした場合にはどう書くのがよいでしょうか。

「伸びる」の対語は「縮む」。しかし「記録はどんどん縮んだ」のような書き方もやはり違和感が拭えません。「記録はどんどん良くなった」「タイムはどんどん縮んだ」ぐらいが許容できる書き換えでしょうか。「タイムは……伸び悩んだ」というのは「今一つだった」ぐらいで相談したいところです。

言葉の組み合わせに気を配りたい

今回の質問で伺った「マラソンの記録を伸ばす」のような表現は誤りではなく、日常的には使用してもさほど問題のないものと考えます。しかし、アンケートの結果で強い違和感を示した人が4割に上ったことも無視できません。多数の人に向けた報道のような場面では気をつける必要がありそうです。校閲としては、言葉の組み合わせを意識して、文意を損ねない直し方を提案できるようにしたいところです。

(2021年11月19日)



質問に際して

「のばす」には「業績や能力を高めたり、大きくなるようにする」(大辞林4版)という意味があり、「学力をのばす」「会社の業績をのばした」といった用例が挙げられています。その意味では「記録を伸ばした」も良さそうに思えます。▲一方で「のばす」には「時間の量を増やし、全体を長くする」(同)という意味もあります。「夏休みを一週間のばす」「電池の寿命をのばす」という用例があり、マラソンの記録を「のばした」と言った場合、時間が長くなるようにも見えて変な感じがするかもしれません。▲もっとも、時間が延長される場合には「延ばす」という表記を使うことが多く、「記録を伸ばした」なら誤解の余地は小さくなるという見方もあると思います。出題者は見かけるたびにちょっとつまずいてしまう表現なのですが、皆さんはどう感じるでしょうか。

(2021年11月01日)

 

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