安全なはずの場所での事故は「あり得ない」といった場合どう受け取るか。「あるはずがない」が従来の用法、「あってはならない」という意味が近年の用法ですが、3割の人が「どちらにも取れる」と答え、意味の取りづらさがにじみました。

「あり得ない」という言い回しの使い方についてうかがいました。

「起こるはずがない」が6割占める

安全なはずの地区で「事故はあり得ない」――カギの中、どう受け止めますか?
「事故など起こるはずがない」という意味 62.1%
「事故などあってはならない」という意味 7.7%
上のどちらの意味にも取れる 30.2%

 

質問文のような「あり得ない」について、このカギの中は「起こるはずがない」という意味と受け止める人が6割を超えました。「あってはならない」と取る人は1割に届かず。ただし、「どちらにも取れる」という人も3割程度あり、よく使う言い回しであるにもかかわらず、受け止め方が難しいフレーズになってしまっていると感じました。

2000年代初めからの新用法

「あり得ない」は「ある+得る+ない」の複合語。この場合の「得る」は「そのようになる可能性がある」(大辞泉2版)という意味で、それを否定形にするということは「可能性がない」ということ。つまり「あるはずがない」というのが普通の意味です。

しかし2000年代の初めごろから、少し違う意味で使われるようになってきました。現代用語の基礎知識(自由国民社)は2003年版で「若者用語」の欄に「ありえない/ありえねー」を採録。説明は「信じられない、不可能だ、無理だ」でしたが、2004年版で「信じられない、不可能だ、無理だ、あってはならない、とんでもない、非常識だ」に更新され、現在までほぼ受け継がれています(2021年版は見出しに「ありえんてぃ」を追加、説明から「非常識だ」を削除)。

新用法は「起こったこと」にも使える

従来の用法の「あり得ない」は可能性についての言及なので、基本的には、起こったと知っている事実については使いません(事実を受け止められずに「あり得ない!」と反応することはあり得ます)。しかし新しい用法の「あり得ない」は既に起こったと分かっていることにも使える点で、従来の用法と異なります。

出題者が、新しい用法の定着が進んでいると感じたのは、少女たちが変身して戦うアニメ番組「ふたりはプリキュア」(2004~05年)で、このフレーズが多用されるのを知ったときでした。番組の公式サイトを見ると第1話のタイトルは「私たちが変身!?ありえない!」。このタイトルは「変身するはずがない」という意味ではなく、「変身するなんて!」という驚きを示す言い回しでしょう。

紛らわしいときは書き換えを

質問文のきっかけになった原稿のくだりは、パラリンピックの選手村で起こってしまった事故を受けての発言。取材を受けた関係者は、事故発生を知って驚いたのでしょう、「安全なはずの選手村で事故はあり得ない」と言ったとされていました。事故があったことを知っている、という背景を踏まえた上で見れば、この「あり得ない」は「起こるはずがない」ではなく「あってはならない」のような意味で受け止められます。

ただし、今回のアンケートでも3割が「どちらの意味にも取れる」を選んだように、分かりづらいことは否定できません。この関係者が事故の事実を受け止めかねて「起こるはずがない」と言っているように取られるのは困ると考え、出稿部と相談した上で「あり得ない」を「あってはならない」に直して意味をはっきりさせました。

面と向かって話すなら十分に意味が伝わる言葉・用法であっても、書き言葉になってその場の空気から切り離されると、意味が取りづらくなる場合があります。「あり得ない」の用法もそんな例の一つだろうと思います。会話文を書き起こす場合など、実際に使われた言葉であっても紙に落とした場合におかしいと感じられるならば、適宜書き換えることも必要だろうと考えます。

(2021年09月28日)



質問に際して

パラリンピックの選手村で起こった交通事故。これを報じた原稿中に、ある競技団体の幹部による「安全なはずの選手村で事故はあり得ない」とのコメントが引用されていました。一見「事故など起こるはずがない」と言っているようにも見えますが、事故が起こった事実を前提とした記事なので、まさか事実から目を背けるような発言を引いているわけではないでしょう。

国語辞典を調べると、「あり得ない」という否定形で項目を立てている辞書がいくつか見られます。第1義として挙げられるのは「あるはずがない」(大辞林4版)のような、「あり得る=存在する可能性が十分ある」(同)を単に否定した意味ですが、一部の辞書には最近の言い方として「とんでもない。『一時間も遅刻するなんて―』」(三省堂現代新国語辞典6版)といった意味が載っています。

「安全なはずの選手村で事故は『とんでもない』」という意味に受け取れば話は通じます。しかしこの「あり得ない」を、誰もがそう受け止めてくれるかには不安を感じ、出稿部と相談の上で「~事故はあってはならない」という形にしました。

「あり得ない」の新しい使い方も、なじんでしまえばそれほど問題はないと思いますが、場合によっては意味が伝わりにくいとも感じます。皆さんはどう感じたでしょうか。

(2021年09月09日)

 

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