「原点に/初心に『かえる』」をそれぞれどう書くかは、「原点に帰る」「初心に返る」という組み合わせを選んだ人が最多でした。新聞は「原点に返る」「初心に帰る」と書くのですが、支持されたのはその反対。書き分けの難しさを感じます。

「原点に『かえる』」「初心に『かえる』」をどう書くかについてうかがいました。

「原点に帰る/初心に返る」が最多

原点に「かえる」/初心に「かえる」――それぞれどう書きますか?
原点に返る/初心に返る 20.1%
原点に帰る/初心に帰る 13.3%
原点に返る/初心に帰る 22.5%
原点に帰る/初心に返る 44.1%

 

新聞では「原点に返る」「初心に帰る」の表記が用いられているのですが、四つの選択肢の中では「原点に帰る」「初心に返る」という、それとは“逆”の組み合わせを選んだ人が最多となりました。「原点」と「初心」の「かえる」をそれぞれどちらで書くか分析してみても、原点は「帰る」が、初心は「返る」が6割前後でやや優勢という結果になりました。

人には「帰」、物には「返」が原則だが…

まずは「返る」と「帰る」の基本的な意味から見てみましょう。「返」は「落とし物が返る(返却)」「借金を返す(返済)」のように、主に「事物」が元の場所に戻ることを表し、「帰」は「祖国に帰る(帰国)」「里帰り(帰省)」といった具合に、主に「人間」が元いた場所に戻ることを意味します。これを基に、事物であれば「返」、人であれば「帰」と分類できれば簡単なのですが、そうもいかないケースも多々あります。

例えば円満字二郎さんの「漢字の使い分けときあかし辞典」(研究社)では、「かえる/かえす」の項目に「バスが営業所に帰ってきた」「レンタカーを返す」という例文を載せています。この場合、どちらも乗り物ではありますが、前者は人が運転していることを重視しているため「帰」が、後者は車だけを返却することに焦点を当てているため「返」が使われています。

他にも、主語が人であっても「我に返る」はふつう「返」を用いますし、「領土」であれば「領土を返す(=返還)」「領土が帰る(=帰還)」のように書き分けられるのが一般的です。このように単純に「事物」か「人」かでは分けられないケースもあり、さらには常用漢字表にはない「還る」も含めてそれぞれの守備範囲が重なるため、どれを用いるべきか悩ましいケースは多いのです。

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新聞の表記は「原点に返る/初心に帰る」

それでは「原点/初心にかえる」に話を戻します。新聞上のルールが決まっているため、これについては原稿に出てきても、校閲記者が使い分けに悩むことはありません。ただし両者で「かえる」を書き分けるようになった具体的ないきさつは不明で、過去の毎日新聞の用語集をさかのぼってみても、少なくとも1971年発行の用語集から「原点に返る」「初心に帰る」を掲載していました。

新聞としては表記の揺れをなくす必要があるため「原点に返る」「初心に帰る」に便宜上統一されていますが、両者の意味に大きな差はなく、日常生活で表記に揺れが生じてしまうのは仕方ないと言えます。

迷ったときにはかな書きも

実際、国語辞典には「原点に帰って」(大辞泉2版)、「初心に返る」(三省堂国語辞典7版)、「原点に還って」(新明解国語辞典8版)といった具合に揺れが見られます。また文化庁の「言葉に関する問答集」が2回にわたってこのテーマを取り上げているのですが、

「(旧表記としては『初心に還る』と用いられていたが)『還』の意味について中国の字書には『復也・返也・帰也』と書かれている。したがって、『返』で書き換えても『帰』で書き換えても、それほど無理ではないことになる。そのため、『初心にかえる』について、辞典により『初心に返る』『初心に帰る』のゆれが見られることについても、それなりの理由が認められるわけである」

(問答集10)

「このような表記のゆれが存在するのは、結局、『初心にカエル』という言い方の主体があいまいなためである。主体を人間と考えれば、『帰る』が使われやすい。精神状態の変化についての表現と見れば、『返る』でも不自然ではない。従って、場合によって、『帰る』と『返る』を使い分けるか、『かえる』と仮名書きするのが妥当である」

(問答集15)

としています。

「迷ったら仮名書き」に、という“定石”が導き出されていることからもわかるように、一つの“正解”がないのが実際のところです。「原点回帰」ということばがあるため、実は出題者も「原点に帰る」の方がいいのでは?との思いがなくもありません。皆さんが使い分けに迷ったら、新聞の表記を参考にしていただいてもちろん構わないのですが、辞書や文化庁でさえ悩むのですから、自分の言語感覚を頼りにするのも一つの方法かもしれません。

(2021年08月06日)



質問に際して

日本新聞協会発行の「新聞用語集」は、「かえる」の使い分けの例として「原点に返る」「初心に帰る」を載せており、毎日新聞の用語集もこれにならっています。つまり新聞のルール上では「原点に返る」「初心に帰る」と取り決めているわけですが、日常生活では「原点に帰る」「初心に返る」など他の表記もよく目にします。

それもそのはず。「立ち返る」と考えれば「返」が、「回帰」とすれば「帰」が連想され、「返る」「帰る」どちらを使っても構わないケースは多くあります。さらに言えば「原点」と「初心」についても、「基本」「始まり」という意味でほぼ同じように使えることばであるため、双方に大差はありません。「原点に返る」「原点に帰る」「初心に返る」「初心に帰る」――いずれも伝えられることは同じなのです。

「原点に還って」(新明解国語辞典8版)のように「還る」を掲載する国語辞典もあります。常用漢字表は「還」に「かえる」の読みを認めていないため、新聞では「原点/初心に還る」とは書きませんが(毎日新聞では「走者が還る」など「生還」の意のスポーツ用語に限って許容)、私的な文章ではこの表記を採用してもよいでしょう。また「返還」「帰還」という熟語があることからもわかるように、これらの文字には意味の上で通じ合うところがあり、「返る」「帰る」「還る」の使い分けを明確に指し示すことはなかなか難しいです。

(2021年07月19日)

 

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