「魅せる」という言葉については「問題ない」という回答が過半数を占め、この語が浸透している様子がうかがえました。新聞・通信各社の用語集では「文法的に誤り」として使わないよう案内している語形ですが、既に見慣れた人が多いようです。

「魅せる」という言葉について伺いました。

過半数は「問題ない」

「魅せる」プレーで観客にアピール――どう感じますか?
「魅せる」で問題ない 54.5%
違和感はあるが、許容できる 28.5%
元の形の「魅する」とすべきだ 7.4%
「魅」は当て字なので「見せる」とすべきだ 9.6%

 

「魅せる」で問題ないという回答が過半数を占め、この語が浸透している様子がうかがえました。新聞・通信各社の用語集では使わないように案内している語形ですが、スポーツ紙などの表記でなじんだ人も多いと思われます。

「当て字」「ふざけ」と注記する辞書

「華麗な守備で魅せた」「『ここぞ』の場面で魅せていた」「バットで魅せた」……スポーツ紙のウェブ記事を見ていると「魅せた」は当たり前のように登場します。「守備で見せた」「バットで見せた」としてもよいと感じるのですが、仮に「見せる」と書いたとしても、「人に~を見せる」という目的語をとる形とは少し違う用法のようです。

岩波国語辞典8版の「見せる」の項目には「見るものがなかなかよいと思うほどのわざを示す。『あの役者は結構―ね』」という説明が載っています。「なかなかよいと思うほどの~」という書きぶりにうなずきたくなります。見る者に「やるじゃないか」と思わせるような様子がこの場合の「見せる」です。

岩波は続けて「『魅せる』と書くのは当て字。一九九五年ごろのスポーツ記事から広まった」と言います。ちなみにこのくだり、以前の7新版(2011年)では「一九九五年ごろからのスポーツ記事で『魅せる』と書くのは『魅する』に懸けたふざけ」とありました。「ふざけ」から「当て字」になったというのは、「魅せる」も少し出世したと受け止めるべきでしょうか。

新聞・通信社は使用を避ける

毎日新聞用語集は「『魅せる』は文法的に誤り」としており、他の新聞・通信各社の用語集もすべて「魅せる」を使わないように案内しています。しかし本来は誤りなのに、実態としてよく使われるのはどうしてか。

新選国語辞典(9版)は「見せる」の項目で「『魅せる』は当て字。『見せる』と『魅する』の混同から生まれた用法」と記します。特に混同の原因になりそうなのは「魅せられる」という受け身の形で、「みせられる」という音が「見せる」の受け身形「見せられる」と一致します。そこからさかのぼった能動態が、混同された形の「魅せる」になってしまうと考えられます。

今回のアンケートの結果では、「魅せる」は既に過半数から受け入れられています。混同という要因が、岩波国語辞典が言うような「ふざけ」というか意図的な要因とも合わさり、たとえ「文法的に誤り」であっても「魅せる」を違和感のない言葉に見せているようです。

「魅了する」などで言い換え可能

アンケートでは、「問題ない」に加えて「許容できる」という人も合わせると、8割以上の人が「魅せる」に対して抵抗を感じていないという結果になりました。しかし、だからといって「魅せる」を新聞で使うようになるかというと、そうはならないだろうと考えます。

なんといっても、意味の上では「見せる」でほぼ問題ありません。また、「(ふしぎな力で)人の心を引きつける」(岩波8版)という意味の「魅する」に寄せるべく「魅」の文字を使いたいと考えたとしても「魅了する」「魅惑する」のような語で十分置き換えが可能です(「魅する」がさまざまな辞書で「ふしぎな力で~」と説明されているのは興味深いのですが、それはまた別の話になります)。

一般には「魅せる」を使ってもあまり違和感は持たれないということが分かったのは収穫でした。しかし、新聞としては当面、現状のルールを守っていくことになるだろうと考えています。

(2021年06月29日)



質問に際して

毎日新聞用語集の「魅する」の項目は「美しい声に魅せられる、人を魅する風景」という用例に続けて、「『魅せる』は文法的に誤り」と注記しています。「魅せる」という動詞は存在しないという立場です。よって毎日新聞では、基本的に「魅せる」を使わないようにしているのですが、一般紙以外のメディアではかなり使用されているという印象もあり、きっぱり「誤り」と言い切るのにはためらいも感じます。

辞書を引いてみると、最近は「魅せる」を見出し語に採用するものも少なくありません。説明は「〔『魅する』と『見せる』から生じた語〕見せて相手の心を引きつける」(新明解国語辞典8版)といったもの。新語として捉えているようで、「誤り」と考えているわけではなさそうです。

一方で岩波国語辞典(8版)のように「見せる」の項目で「『魅せる』と書くのは当て字」とするものもあります。この考え方だと、わざわざ当て字にしなくても「見せる」を使えばよいということになりますが、「当て字」と「誤り」との間にはやはりギャップを感じます。皆さんは「魅せる」についてどう感じるでしょうか。

(2021年06月10日)

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