社内の人間の不祥事を「他山の石」とする――というのは「そうは言えない」と考える人が3分の2近くを占めました。質問文のような使い方をすると高確率で「無責任」と取られるでしょう。「分からない」とした人は1割程度にとどまりました。

「他山の石」という言葉の使い方について伺いました。

内部の人間については「言えない」が多数派

社員の不祥事を、所属先の会社が「他山の石」にするというのは――
本人以外からであれば「他山の石」と言える 10.7%
社内の人間なので「他山の石」とは言えない 64.4%
「他山の石」は「手本にする」という意味で、用法がおかしい 14.9%
「他山の石」の意味が分からないのでなんとも言えない 10.1%

 

社内の人間について「他山の石」という言葉を使うのは、「社内の人間なのでそうは言えない」と考える人が3分の2近くを占めました。質問文のような使い方をすると無責任と取られるのも、理由のないこととは言えないようです。「分からない」とした人は1割程度で、文化庁の世論調査よりはだいぶ少なくなっています。

あくまで「よその出来事」に使う

国語辞典で「他山の石」を引いてみます。「よその出来事や自分に対する批評が、自分の知徳をみがく助けとなるということ」(岩波国語辞典8版)、「自分とかかわりのない出来事や他人のよくない言行でも、自分を磨くのに役に立つことのたとえ」(集英社国語辞典3版)など。要するに自分と無関係の誰かの失敗や不行跡でも、教訓として学びを得ることができるということです。

逆に、自分と強いつながりのある相手や、組織などの身内の不始末について言うには、使いにくい言葉だということでもあります。今回の質問のきっかけは、2019年参院選を巡る元法相らによる買収事件について、自民党の幹事長が発した「党としても他山の石としてしっかり対応していかなくてはならない」という言葉。これに野党の幹部が「責任のかけらも感じていない態度で、批判されるべきだ」とかみついたのも、言葉の意味からすれば当然のことでしょう。離党したところで、つい先日まで党・政府の要職にあった人物を簡単に「よそ」の存在として扱うことなどできないということです。

文化庁調査では「分からない」が最多

文化庁は「国語に関する世論調査」で2004年度と13年度に「他山の石」の意味についてアンケートを取っています。本来の意味とされる「他人の誤った言行も自分の行いの参考となる」を選んだのは、04年度が26.8%で13年度が30.8%。誤りとされる「他人の良い言行は自分の行いの手本となる」を選んだのは04年度が18.1%、13年度が22.6%でした。

まだしも「本来の意味」の方が浸透しているように見える結果ではありますが、いずれの調査でも一番多く選ばれた選択肢は「分からない」。04年度が27.2%、13年度が35.9%でした。文化庁は月報(No.517)で、この語が「日常生活で余り使われなくなり,本来とは違う『他人の良い言行は自分の行いの手本となる』と解釈する人や,『分からない』という人が増えているのかもしれません」としています。だからこそ、政治家が発言をもっともらしく見せようとして使ってみても、なんだか見当違いの使い方になってしまうのでしょう。

原典を見ると違った印象も

しかしこの「他山の石」という言葉、一般的な用法としては上記の辞書の説明にある通りでよいと思いますが、由来と言われる漢詩を見ると、ちょっと違った感想も持ちます。明治書院の「詩経 中」(新釈漢文体系111)に元となった詩「鶴鳴」があります。成語の由来となったのは詩の最後の句で「它山之石 可以攻玉/它山(たざん)の石も 以(もっ)て玉を攻(みが)く可(べ)きならん」(「它」は「他」と同義)。

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その「通釈」を見ると「ここに嫁ぎし他国の娘も、玉を磨く砥石のごとく立派な妻となろう」とあります。何のことか。詩の全体は、鶴が鳴いているとか魚が泳いでいるとか木が茂っているとか、何となくめでたい雰囲気です。「它山」は外国のことであり、「『它山之石』とは即ち他国から嫁いで来た女性と解し得る。(中略)他国から嫁いで来た娘に対して、玉を磨く石のように立派にその妻としての役を果たすであろうと、祝頌(しゅくしょう)する句と解せられ」ると言います。

なんだか、他人の失敗を教訓とするという現在の意味とは違う空気を感じます。白川静氏の「字統」は「它」の項目で「它山の石」について「他人の言動が手本となる」と記していますが、これは詩の解釈について「野にある賢人を迎えて、いわゆる他山の石とせよとのおしえであろう」とする説がある(明治書院「詩経 中」)ためでしょうか。「手本」は字書でも例外的記載ですが……。調べるほどに分からなくなる言葉ではあるのですが、それでも「他山」はやはり「よそ」のことであり、関係の深い人物に使える言葉ではないというのは間違いなさそうです。

(2021年04月17日)



質問に際して

元法相が主導したとされる国政選挙の買収事件について、選挙全体を取り仕切っていた与党の幹事長が「党としても他山の石としてしっかり対応していかなくてはならない」と発言しました。

「他山の石」は一般に「よその山から出た、つまらない石。転じて、自分の修養の助けとなる他人の誤った言行」(大辞泉2版)という意味で使われます。要するに、元法相の行いを見て、他の政治家はそういうことをしないようにと言ったつもりなのでしょう。

しかしこれに対し、野党の幹部は「紛れもない『自山』だ」と厳しく批判。党の一員であれば「よその山」すなわち「他人」とは言えないし、ましてや党から多額の選挙資金が渡っていたとすれば、政党側も当事者だろうということです。確かに人ごとのような幹事長発言には出題者も強い違和感を持ちます。

ところで、この「他山の石」という言葉は文化庁の「国語に関する世論調査」で、2004年度と13年度の2回、意味を問う質問が出されています。実はその2回とも「分からない」という回答が最多。今回の発言についても、何が問題で批判されているのか分からない人も多いかもしれません。質問文では政党を会社に置き換えてみましたが、皆さんどう感じたでしょうか。

(2021年03月29日)

 

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