「実話を『もと』にした映画」という場合、漢字書きなら「基」が6割、「元」が3分の1強と、回答はこの二つに集中しました。どちらでも意味は伝わると考えますが、ツイッターには「迷うので仮名書きにする」という声も寄せられました。

「もと」と訓読みする漢字の使い分けについて伺いました。

「基」が最多で6割占める

実話を「もと」にした映画――漢字で書くならどう書きますか?
元 35.7%
基 60.9%
本 1.2%
素 2.2%

 

「基」が6割、「元」が3分の1強と、回答はこの二つに集中しました。出題者は「元」が選びやすいように感じていましたが、「基」を選んだ人が多かったのはやや意外です。この二つであればいずれを使っても意味が伝わると考えますが、使い分けを難しく感じる場合には仮名書きも選択肢に入れるべきでしょう。

「基づく」意味なら「基」を使う

質問文に挙げた例が仮に「実話に『もとづく』映画」であったなら、これは誰もが「基づく」と書くでしょう。そこから発想して「基」を選んだ人が多いのではないかと想像します。「もとづく」の意味は「そこにおおもとがある。基礎を置く。それをよりどころとする」(岩波国語辞典8版)。「実話に基礎を置いた映画」と考えれば「基」を使うのはもっともです。

文化審議会国語分科会の報告「『異字同訓』の漢字の使い分け例」(2014年)では、「もと」と訓ずる常用漢字4字(下、元、本、基)の使い分けを示しています。うち「元」と「基」の分は以下の通り。

【元】物事が生じる始まり。以前。近くの場所。もとで。
口は災いの元。過労が元で入院する。火の元。家元。出版元。元の住所。元首相。
親元に帰る。手元に置く。お膝元。元が掛かる。
【基】基礎・土台・根拠。
資料を基にする。詳細なデータを基に判断する。これまでの経験に基づく。

「資料を基にする」という言い方は、質問文の「実話をもとにした~」という例にも近いようです。ただし「基」を使う場合には独特のニュアンスがあり、根拠となる事実やデータと、そこから生まれる発言や作品などとの結びつきが強まるような印象を受けます

「始まり」など広く使える「元」

一方の「元」は「物事が生じる始まり」という緩やかな意味があり、さまざまな場面で使うことができます。出発点や原因、以前の状態など。「使い分け例」の「過労が元で入院する」というのは、「過労」が原因であり出発点で「入院」という事象が生じるということ。「実話をもとに~」というのも、「実話」を出発点であると考えれば「実話を元に」と書いたとしても納得がいくのではないでしょうか。

また、新聞校閲でも投稿欄ではいまだに手書き原稿を参照する場合がありますが、それを「元原稿」とも言います。ただの「原稿」と意味が違うのか、と言われると難しいところがある――「コピーではない原稿の原本」を指す場合もあるが、もっぱら記事の「元になる原稿」という意味で使われる――のですが、この場合にも文字としては「元」が意識されます。原稿を元にしてゲラを組むわけです。

「基」が使える場合は「元」も通用

円満字二郎さんの「漢字の使い分けときあかし辞典」(研究社)の「もと」の項目は「日本語『もと』を書き表すのに使われる漢字はとても多く、使い分けはややこしい」と、やや困ったふうの書き出しです。しかしそれらの漢字の中でも「比較的、幅広く用いることができるのは、《元》である」と言います。

始まりの意味から転じて「何かを生み出すもの」という意味になると言い、「ある実業家の生涯を元にして、ドラマを作る」という例文を挙げています。今回の質問文にも近い使い方です。一方で「基」は「何かを支える土台や根拠」を指して使われると言い、やはり「データを基に計算する」という例が挙げられます。さらに「元」「基」がともに使える場合もあるとして、以下のように述べます。

“土台や根拠”は、広い意味では“何かを生み出すもの”の一種。そこで、これらの場合に《元》を使うこともできる。しかし、《基》を使うと“土台や根拠”という意味合いになるので、“下からしっかり支える”という雰囲気が強調される。

幅広く使える「元」が、根拠などの意味に特に絞り込んだ「基」を包摂しているという感じでしょうか。

「元」が使いやすいが、迷う場合は仮名書きも

ある新聞社の用語集では「もと」の項目中、「基」を使う場合として「基になる資料」という例を挙げつつ「『基』の代わりに『元』を使ってもよい」としています。これも「元」が「基」の意味を含んでいるとすれば理解できる考え方です。

「実話をもとにした映画」という場合も、「基」を使うならば「実話が映画の根拠になっている」という結びつきが強調されるでしょう。一方「元」を使ったとしても、映画の起点になっているのが実話であるということは十分伝わります。はっきりした意図を持って使う場合には「基」もよいですが、使いやすいのはやはり「元」ではないかと考えます。

とはいえ、使い分けに迷う場合は質問文のようなケースだけではないでしょう。ツイッターでも「迷うので仮名書きにする」というコメントが寄せられました。使い分けについて懇切な説明をしている円満字さんも「『もと』を書き表す漢字の使い分けは、非常に複雑。悩むような場合には、かな書きしておくのも、一つの方法である」として、先に引いた「もと」の項目を締めくくっています。場合によっては仮名書きを選ぶのも、実際的な書き方として有効と言えるでしょう。

(2020年11月17日)



質問に際して

「もと」と訓読みする漢字は、新聞で使われるものだけでも四つあります。常用漢字表で認められている「下、元、本、基」です。常用漢字表で認められていなくとも「もと」と読む場合がある文字としては「許、素、因」などが挙げられます。

言葉としての「もと」は「木・草の根のあたり」(岩波国語辞典8版)が原義であると言い、転じて「始まり、基本、物事の根幹、原因、原料、支配下の範囲」などを表します。

毎日新聞用語集では「元」を一般用語として広く使うことを認める一方、「基本、基礎」の意味には「基」を使うとして「基になるデータ」という例を挙げます。「本」は「大本」という例があり、「素」は毎日新聞では仮名書きとしますが、「原因、原料」という意味を含みます。

今回のケースでは、厳密にデータに基づくならば「基」とするところですが、出題者としては「元」が選びやすいと感じています。しかし、素材という意味を帯びる「素」が支持を集める可能性も否定できません。皆さんはどれを選んだでしょうか。

(2020年10月29日)

 

オンラインで学ぶ校閲実践トレーニング

次回の講座は12月6日(日)の14:00~16:00、受講料は3000円です。日本全国、世界中どこからでも受けられます。

「文章を間違いのない分かりやすいものにすること」が校閲。校閲記者がどのような読み方をして間違いを見つけたり文章をブラッシュアップしたりしているのか、実例に基づいて解説します。その上で実際に校閲作業を体験していただき、楽しく学びながら校閲作業のコツをお伝えします。

毎日新聞の校閲記者によるオンライン講座はリピーターも多く、大変好評をいただいています。

フォローすると最新情報が届きます

Twitter