「終戦の日」を76回目とすることには、7割近くの方が「違和感がある」と答えました。ただし、起点となる1回目の終戦の日を、終戦1年後の1946年8月15日とするか、国民に敗戦が知らされた45年の同日とするかで違いが出てきます。

今年の「終戦の日」は何回目とするのがよいか伺いました。

今年は「75回目」が7割占める

今年の8月15日は「76回目」の終戦の日?
「76回目」で違和感はない 31.3%
違和感がある。「75回目」がよい 68.7%

 

7割近くの方が「違和感がある」と答える結果となりました。出題時にも少し触れましたが、この質問には正解がありません。というよりは、「解釈次第でどちらも正解」と言えます。しかし、アンケート結果にも表れたように、多くの方は「75」が真っ先に思い浮かぶのではないでしょうか。

今年は戦後「76年」とは言わないが…

終戦の日を語る際には「戦後○年が経過した」のような表現がよく使われます。その場合、1945年8月16日が「戦後1日」、46年8月15日をもって「戦後1年」が経過したといえます。つまり2020年の今年は「戦後75年が経過」したことになります。こういったところから今年は「75」の数字が思い浮かぶ人が多いのでしょう。校閲としても、仮に「戦後76年が経過」などとされていた場合には直さなければなりません。

今夏の全国戦没者追悼式の首相式辞では、「終戦から75年」「戦後75年」という言葉が出てきます。こういった、テレビ中継されたりする公式の場でも使用されることから、「75」という数字の印象が強く残っているのだと考えられます。

1回目をどこに取るかで数字が変わる

では質問の「76回目」という数え方はどうでしょうか。1945年8月15日の「当日」を起点として「終戦の日」の1回目と数えることはできます。また、翌年の1946年8月15日を「戦後」1回目の終戦の日と数えることもできます。つまり「76回目」の終戦の日も、起点がいつかという解釈次第で使用できるのです。

普通は前後の文からどういった解釈で書かれているかは読み取れるため、「○回目」が本文中で出てきた場合は、文脈上おかしくなければ校閲が手を入れることはありません。しかし、見出しを「75回目 終戦の日」などと取ると「どちらにも解釈できる」という特性のせいで、読んだ人がすぐにわかるという見出しの条件を満たせなくなってしまいます。

そのため毎日新聞では、見出しに取る際は「戦後75年 終戦の日」など、解釈が分かれない形にすることを決めています。こういった取り決めがあるものは限られますが、先の大戦 に限らず災害や事件などを風化させないための節目節目の報道で、「○年目」「○回目」という書き方は避けて通れません。足し算や引き算ができれば確かめられるはずですが、あまり自分を信用することのできない出題者は、毎回指を折って下1桁の確認をしています。

(2020年09月04日)



質問に際して

設問にしてはみましたが、どう考えたらいいか、迷いを感じています。2020年に終戦を語るとなると、思い浮かぶ数字は「75」ではないかと思います。2020―1945=75で、終戦の1945年から75年が経過したためです。

1946年の8月15日を「戦後1回目」の終戦の日と数えれば、設問の文は「75回目の~」となるはずです。しかしながら、1945年8月15日が終戦したその日であることを考えると、この年が1回目となります。すると「76回目」でもおかしくないことになるでしょう。

戦争に関する報道が増える8月を指して「8月ジャーナリズム」などと言われる(あるいはやゆされる)ように、新聞はじめ各メディアは記憶の風化を防ぐため、ものごとの節目節目に「○○から5年」などの記事を掲載します。歴史を伝えるメディアとして欠かせない報道ですが、「○年目」「○回目」の数え方には毎年悩ませられています。

(2020年08月17日)

 

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