「何とも言い表せない」ことを何と言い表すか。「えも言われぬ」が9割近くと圧倒的多数を占めました。古い例を見れば「えも言わず」もあり、悪い意味にも使えたようなのですが、現代ではどちらも一般的ではないと言えます。

「何とも言い表せない」という意味で「えも……」に続く言い回しを伺いました。

「えも言われぬ」が圧倒的多数

「何とも言い表せない」ことをどう言いますか?
えも言えぬ 12%
えも言われぬ 87%
えも言えない 1%

 

「何とも言い表せない」ことを何と言い表すか。結果は「えも言われぬ」が圧倒的多数となりました。以前、原稿の「えも言えぬ」を有無を言わさず直した立場からすればほっとする結果です。

「聞いたことがない」「使わない」が8割という調査も

この言葉は2018年度の文化庁「国語に関する世論調査」の対象になっていました。ただし語尾の違いではなく、この表現の認知度を問うものです。「えも言われぬ美しさ」という例に対する結果は▽聞いたことがない14.1%▽聞いたことはあるが使わない 67.2%▽使うことがある17.8%▽分からない0.8%――でした。

国語に関する世論調査(2018年度)から

 

「聞いたことがない」の数字をどうみるかは人それぞれかもしれませんが、「聞いたことはあるが使わない」を合わせると8割以上なので、あまり一般的な言葉ではないのでしょう。それほど頻度のない言葉をなんとなく聞き覚え、なんの気なしに使うと誤用が発生しやすいことは、他の慣用句などでもよくあることです。

「えも言えぬ」、誤用とは言い切れないが…

しかし、はたして「えも言えぬ」は誤用といえるのか。これまでに引いた辞書では、「三省堂国語辞典」「成語林」が「えも言えぬ」を記載していました。ただしいずれも単独の見出し語ではありません。「えも」や「えもいわれぬ」の説明の後に控えめに「『えも言えぬ』ともいう」という感じで出てきます。三省堂国語辞典は言葉の規範性はあまり重んじていないので、単に用例があるから入れただけかもしれません。

日本国語大辞典2版

 

「日本国語大辞典」では「えも」の見出し語の後に「えも言えず」「えも言わず」「えも言われず」の三つが掲げられています。用例も平安時代の宇津保物語から明治時代の国木田独歩までふんだんにありますが、「えも言えず」の用例は1681年の「仮名草子・都風俗鑑」のみ。「えも言わず」の用例はほとんど平安時代から鎌倉時代の用例。「えも言われず」の用例は明治です。これだけで結論づけるのは早計ですが、「えも言われぬ」は近代になって定着してきた語ではないかと、なんとなく感じます。

「えも」の「え」は可能の「得」

そもそも「えも」とは何でしょう。「大辞林」は2019年の改訂(第4版)で「エモい」を「感動を表すエモーション」から来た「若者言葉」として入れましたが、無論、本稿の「えも」とは何の関係もありません。同辞書では「副詞『え』に係助詞「も」が付いたもの」と解説され、「どうにも…できない」という語釈があります。

大辞林4版「えも」

 

「角川古語大辞典」で「えもいはず」はこう書かれています。
「得言はず(=口ニ出シテ言イ表セナイ)」に助詞「も」を添えて強調したもの。
「え」は「得」であり、可能の意味ということです。そういえば現代でも「言い得ない」など可能の意味は残っていますね。

ということは「えも言えない」という表現は、可能に可能を重ねた、いわばダブった表現ということになります。しかし「えも」に「得」つまり可能の意味がさほど認識されなくなった結果、「えも言われぬ」が近代以降「えも言わず」より優勢になったのかもしれません。

「言われぬ→言えない」への変化は広がるか

ところで、「言われぬ」は「言う」に可能の「れ」と否定の「ぬ」が付いたもの。これに対し「言えぬ」は可能動詞「言える」の否定です。ここで思い出すのは「…方面には行かれません」という表現についてのかつての質問です。「違和感がある」という答えが8割に上り、「行ける」という可能動詞が普及していることをうかがわせます。

 

この伝でいえば、将来「えも言えぬ」、さらに進んで「えも言えない」がだんだん多くなっていく可能性も考えられます。ただ「使わない」という人の多さも鑑みると、言葉が変化するよりも使われなくなる可能性の方が大きいかもしれません。だからやはり、現代の標準としては「えも言われぬ」が適切と結論づけるのが妥当でしょう。

語形も用法も揺れ続けた「えも言われぬ」

なお、毎日新聞のデータベースで「えも言われぬ」の例を検索して気づいたのですが、「えも言われぬ喪失感」「戦争というものの、えも言われぬ不気味さ」など、悪い場面での使用が散見されました。

これについても辞書で「えもいわず」を調べると、「よいことでも悪いことでも、すべて程度のはなはだしいことをいう」(角川古語大辞典)とあり、大昔の例に照らすと間違いとは言いにくいようです。しかし、国語辞典は「えも言われぬ」について「何とも言い表せない(ほど、よい)」(広辞苑7版)のように説明するものが多く、少なくとも現代では、悪い場面で使うのは一般的ではないと断言できます。

広辞苑7版

 

それにしても語形も使う場面も変転を繰り返す、やっかいな言葉ですね。とはいえ、あくまでも新聞では現代の標準的な使い方を重視すべきで、「えも言われぬ」=「言い表せないほどすばらしい」という使い方を守らなければならないと感じました。

(2019年01月07日)



質問に際して

ある原稿で「えも言えぬ恍惚(こうこつ)の境地」とありました。「えー?」と思って手元の辞書を見ると「えも言われぬ」しかありません。しかし2014年刊の三省堂国語辞典7版では「えもいわれぬ」の項に「えもいえぬ」が付記されています。また日本国語大辞典2版でも「えも言えず」が載っています。

毎日新聞のデータベースでも「えも言えぬ」は多くはありませんが社外の筆者を含めそれなりに出てきていました。「えも言えない」の使用例もわずかながらありました。「えも言われぬ」が数としては圧倒的ですが、「えも言えぬ」は間違いといえるか、自信がなくなってきました。

考えてみると「言えぬ」も「言われぬ」も同じ「言えない」という意味です。だから「えも言われぬ」も「えも言えぬ」に交代可能なのでしょうか。しかし「言わずもがな」が「言わないもがな」とはならないように、ある種の慣用句というものは固着性があり、それに含まれる語を、同じ意味だからといって別の言葉に差し替えられるとは限りません。

結局、原稿にあった「えも言えぬ」は「えも言われぬ」が適切と思ってそのように直しました。今回の質問では、「えも言えぬ」などがどの程度選択されるかを見ることで「えも言われぬ」の安定性を測ってみたいと思います。

(2019年12月16日)

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