予防のためワクチンを体内に。こうした注射を打ってもらうような場面でも、「接種する」を使う人が「接種を受ける」という人を上回りました。この二つは同じ意味だという人も2割程度おり、言葉の使い方が曖昧になっていると考えられます。

「接種」という言葉をどのように使うか伺いました。

「接種する」が「接種を受ける」を上回る

感染症予防のためワクチンを体内に取り込む――どう表現しますか?
ワクチンを接種する 44.9%
ワクチンの接種を受ける 35.5%
上の二つは同じ意味 19.6%

 

「接種する」が「接種を受ける」を上回って最多でした。この二つは同じ意味だという人も2割程度おり、言葉の使い方が曖昧になっていると考えられます。

「接種」は「移し植えること」と辞書は言うが…

国語辞典に載っている「接種」の説明は「人や動物の体に、実験的に病原菌・毒素を移し植えること。また、病気の予防・治療・診断のために、ワクチン・血清・ツベルクリンなどを移し植えること」(岩波国語辞典8版)といったものです。これを読む限りでは、予防接種の際に「接種する」のは注射を打ったりする医療者の側。予防したい側は「接種を受ける」というのが“正解”になるはずです。

アンケートの結果では、注射をしてもらうような場合でも「ワクチンを接種する」と言う人が多数派となりました。多くの人が正解から外れている――と言い切ってよいのかどうか、迷いがあります。考え方として一つ浮かぶのは、ワクチンの対象はあくまで自分の「体」であって、意思を持つ「自分」は医療者を使ってワクチンを「接種する」のだ――というもの。身体を切り離して考えれば、「自分」は接種する側だと言うことができるかもしれません。

もう一つ、これは回答から見られる解説でも書きましたが、「せっしゅ」という音から「接種」と「摂取」の意味が混同されているのではないかということ。「摂取」の説明は「外部から取り入れて自分のものにすること」(大辞林4版)とあります。予防接種の場合は、ワクチンそのものを自分の体の一部とするわけではありませんが、体に免疫を獲得させるためワクチンを体内に取り入れると考えれば「摂取」でも通じる部分がありそうです。文字としては「接種」で覚えていても、意味としてはなんとなく、取り入れる意の「摂取」が混ざり込んでいるとも考えられそうです。

ワクチン「摂取」が現れた2019年

そういえば今年は「ワクチン摂取」が使われる場面がありました。2019年は豚コレラ(CSF)が猛威を振るった年で、その拡散を防ぐために野生イノシシへのワクチン投与が実施されました。もちろん野生動物を相手にいちいち捕まえて注射することなどは不可能ですから、経口ワクチン入りの餌をまいたのです。

その結果、埼玉県では11月初めに「経口ワクチンについて、64.5%が摂取された」と判断したとのこと。この場合はイノシシが自分からワクチン入りの餌を食べたのですから「接種」ではなく「摂取」がふさわしいでしょう。人間の場合は経口ワクチンでも「接種」が使われます。やはり医療者から「移し植えて」もらうものだからです。

意味のブレを辞書は認めるか

なお、国語辞典でも「接種」について「体内に病原菌を移植して抗体を作ること」(三省堂国語辞典7版)のように、やや曖昧に説明するものもあります。「接種する」のが医療者の側なのか、注射を打たれたりする側なのかが分かりにくい書き方です。「移植」するのは医療者だとしても、「抗体を作る」のは移植された側のはずですから。「接種する」と「接種を受ける」が同じように使われる場合があることを踏まえて、あえてこのような説明になっているのかもしれません。

校閲記者としては、できる限りは辞書の大勢に合わせて、医療者側が「接種する」、注射を打たれたりする側は「接種を受ける」と使い分けるようにしたいところです。しかし例えば、インターネット上のゲームなどで使われる「課金」という言葉が、本来は業者側が「お金を払わせること」であるのに、ユーザーが「お金を払うこと」も意味するようになってきた例もあります。辞書の側がこうした変容を認めるようになったなら、こちらも考え直す必要が出てくるかもしれません。

(2019年12月24日)



質問に際して

インフルエンザが怖い季節。ワクチンが効かなかったと聞くこともありますが、重症化や他者への感染を防ぐためにも「ワクチン接種」が大事だと言われます。

国語辞典によると「接種」は「微生物・ウイルス・ワクチンなどを生物体や培地に植え付けること」(大辞林4版)。「植え付ける」は注射などをする側からの言葉ですから、予防接種の場合は「医師が受診者に対して接種する」というのが正しいと見えます。受診者の側は「接種を受ける」となるでしょう。「ワクチン接種」という書き方はよく見かけますが、誰が接種するのか、わざと曖昧にしている感じがあります。

実際の使われ方としてはさらに微妙な例も。「リスクが高い人は早めにワクチン接種することが大切だ」というのは、「ワクチン接種を受けることが~」かと思いますが、医療者側への呼びかけとしてはそれでよいのか。「ワクチン接種を呼びかける」というのも、誰に呼びかけているのか。接種を受ける人に対する呼びかけだと思うのですが、「接種を(受けることを)呼びかける」と省略されていると理解すべきでしょうか。

「接種」が「植え付けること」でなく「取り込むこと」を意味しそうな場合があるのは、「せっしゅ」という音から「摂取」との混同があるせいかも、とも感じています。皆さんはこの言葉、どう使っているでしょう。

(2019年12月05日)

フォローすると最新情報が届きます

Twitter