洪水など災害のありさまを表すには「光景/風景」のどちらを使うか。回答は「光景」が8割近くを占めました。「風景」が落ち着きのある調和の取れた様子を表すとされる一方、見る人に強烈な印象を残す場面には「光景」が合うようです。

洪水で変わり果てた町の「光景/風景」、どちらを使うか伺いました。

8割近くが「光景」選ぶ

「洪水で変わり果てた町の( )を眺め立ち尽くした」。カッコ内に入れるならどちら?
光景 78.8%
風景 15.9%
どちらでもよい 5.3%

 

出題者の感覚と同じ「光景」派が8割近くを占めました。回答から見られる解説で例示したような災害の描写などのケースでは、やはり「風景」から「光景」に直した方が、すんなり読める文章になるようです。

インパクトのある「光景」、落ち着きのある「風景」

「類義語使い分け辞典」(研究社)によると、風景は「『田園[正月・心象]風景・お祭りの風景・家族団らんの風景・風景写真』など(中略)落ち着き・静けさを感じさせるもの」。対して光景は「『夏の日の光景・忘れがたい[おぞましい]あの事件の光景』など、実際に目で見た『景色・風景・様子・場面』などを表し、心に深く刻み込まれて、いつでもありありと思い出すことのできるもの」。

これに従えば「風景」は基本的には好ましい情景、見ていて心が穏やかになるようなものに、「光景」は良くも悪くもインパクトの強い場面に使うということになるでしょう。見慣れた景色については「光景」とは言いにくそうです。

複合語では「○○風景」となる

よし、これで大まかに使い分けの基準は作れそうだ――と思ったのですが、毎日新聞の以前の記事には「死亡直後の解剖風景」というものも。先ほどの使い分けからすると「光景」の方がふさわしそうですが、「解剖光景」とするとしっくりきません。

これについては2007年に、国立国語研究所がテキストデータ「日本語コーパス」を公開した際の分析が説明になりそうです。毎日新聞の記事を用いたその分析によると、「○○風景」の形をとるものは「原風景」「日常風景」など94種類246件あったのに対し「○○光景」は「日常的光景」「歴史的光景」「神話的光景」の3種3件のみ(「大規模書き言葉コーパスのオンライン試験公開」)。

つまり「風景」は「光景」より造語力が圧倒的に強く、複合語になる場合は「○○光景」でなく「○○風景」が選ばれやすいということでしょう。どちらを使うかは内容のみによらず、言葉のつながりにも左右されるわけです。ただ今回の例文では複合語を作るわけではありませんから、単純に「類義語使い分け辞典」の分類に沿って「光景」とする方が違和感がありません。

調和が失われ、衝撃的な「光景」に変貌

国語辞典の中では、新明解国語辞典7版が両者の差を詳しく解説していました。「風景」は「(A)目を楽しませるものとしての、自然界の調和の取れた様子(B)接する人に好ましい印象を与える場面」。「光景」は「その人が実際に目で見た、印象深い景色や、ショッキングな事件の様子」。

上の「類義語使い分け辞典」とよく似ていますが、注目したいのは風景の(A)の記述。近年増えてきた異常気象による災害は、まさに本来の「自然界の調和」が失われた状態です。基本的に恵み深い自然の中で生きてきた日本人にとって「ショッキングな」眺めに違いありません。今回の洪水の例文で「光景」が多数派になったことをよく説明するものだと思います。

(2019年12月17日)



質問に際して

10月の台風19号のルポ記事で、濁流の中を冷蔵庫やげた箱が漂っていた様子を目にした被災者が、その「風景」を忘れられない、とする原稿がありました。

こういったひどい状況を「風景」といっていいのかやや引っかかりました。辞書を引いてみると、三省堂国語辞典7版では「①ながめ、けしき②光景」。「光景」の説明は「〔目の前にくり広げられる〕ありさま」とあります。三省堂現代新国語辞典6版は「風景」について、「涙ぐましい風景」という用例を載せています。個人的には「光景」の方がしっくりくるのですが、特に状況を限定せず使えるのかもしれません。

ただ実際には「風景」を惨状について使うものはあまり見ません。大辞泉2版では「風景」は「ある場面の情景・ありさま」、「光景」は「ある場面の具体的なありさま。情景」と同じような説明でありながら、用例は「ほほえましい親子の風景/新春風景」「惨憺(さんたん)たる光景」と対照的です。

はっきり区別するのは難しいかもしれませんが、今回の例の「風景」に違和感があるという人はどれくらいいるでしょうか。

(2019年11月21日)

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