水に「つかる」は「浸かる」が9割弱と圧倒的多数でした。「漬かる」を用いる人は3%にも届かず。国語辞典の表記は「漬」が主流ですが、意味をイメージしやすい「浸」が好まれているようです。毎日新聞では表外訓を避けて仮名書きにしています。

水などに「つかる」という言葉の表記について伺いました。

「浸かる」が9割近く

水害で家が水に「つかる」――漢字ならばどう書きますか?
浸かる 88.4%
漬かる 2.6%
つかる 9%

 

「浸かる」が9割弱と圧倒的多数を占めました。一部のメディアで使用する「漬かる」という表記を用いる人は3%にも届かず。「浸水」という言葉がある以上、「浸」を使う方がなじむという人が多いとみられます。

辞書の表記は「漬かる」が主流

しかしながら、皆さんの回答に逆らうように、辞書の表記は「漬かる」を主とするものが目立ちます。日本国語大辞典(2版)、広辞苑(7版)、大辞泉(2版)の見出し語表記はいずれも「漬かる」。広辞苑、大辞泉はいずれも「『浸かる』とも書く」としており、また大辞林(4版)は「漬かる・浸かる」としていますから「浸かる」が無視されているわけではありません。しかし、大辞林の表記の順番も「より一般的と思われる順」(凡例)と言いますから、やはり「漬かる」という表記が優先的と考えられているようです。

広辞苑第7版

 

新聞社や通信社の用語集も多くが「漬かる」の表記を採用しているのは、常用漢字表が「浸」という文字に「つ(かる)」という読み方を認めていないというだけでなく、辞書が「漬」を優先的に用いているから、という事情もあるのでしょう。

歴史的にも、例えば「みづく」という言葉があります。漢字にすれば「水漬く」。まさに「水にひたる。水に漬かる」(日本国語大辞典2版)という意味です。戦時中の歌「海行かば」の歌詞となった大伴家持の歌にも「水漬く屍(かばね)」という文句が出てきますが、これについて「漬」ではしっくりこないと言う人もあまりいないのではないかと思います。ものが水中に没することについて「漬」を使うことにも十分根拠があり、家が水に「漬かる」と書くのも正当な表記だと言えるでしょう。

「漬かる」と「浸かる」 使い分けるなら

それでもなお、アンケートでは多くの人が「浸かる」を選んでいる以上、私たちの「漬かる」と「浸かる」の受け止め方には違いがあり、現在の用法にはなにがしかの方向性があるように見えます。

円満字二郎さんの「漢字の使い分けときあかし辞典」を参照すると、「漬かる」は「“あるもの”が液体の影響を受けて、“色や味、香りなどが染みこむ”ところに、意味の重点があるかと思われる」としています。ゆえに漬物や「薬漬け」「サッカー漬け」のような比喩が成り立つということです。

一方の「浸かる」は「“ある場所に液体が次第に入り込む”という意味。《漬》とは違って、”液体“の動きに重点があるのが、漢字としての特徴である」と言います。これに従うと、水害の場合のように、液体が動いて物を沈めたり水浸しにしたりする場合には「浸」が適していると言えそうです。

確かに「浸」の付く漢語を見ると、「浸透」「浸水」「浸食」など、液体が徐々に働いて、物に影響を与えるという意味の言葉が多いようです。一方の「漬」は漢語の成分として使われることはまずありません。「シ」という音読み自体がほとんど知られていないでしょうし、元々はどういう意味かといったことをイメージしづらい文字だと言えるでしょう。意味を取りやすい「浸」の方が、「つかる」という場合にも選ばれやすい文字だというのは理解できます。

違和感避けるためには仮名書きも

ただし、繰り返しになりますが、常用漢字表は「浸」に「つ(かる)」という訓読みを認めていません。そのため毎日新聞では、家などが水浸しになってしまうという場合には、仮名書きで「つかる」としています。災害時には「浸水」のような言葉と並ぶようにして出てくることも多く、「漬かる」を用いることで「浸」と「漬」が入り交じるのを避けるという意味もあるでしょう。

毎日新聞用語集(2019)

 

先に触れたように「漬かる」というのも正当な表記なのですが、大多数の人が「浸かる」を選んだことから考えても、仮名書きにするという方針は間違っていないと考えます。とはいえ、「つかる」にせよ「漬かる」にせよ、水害の場面であまり出てきてほしい言葉ではないのですが……。最近の日本においては頻出するようになってしまったのがやり切れません。

(2019年11月22日)



質問に際して

この秋は関東や東北などで過去に例のない大雨が降り、水害で多くの人が今なお苦しめられています。

水害については新聞などでも連日大きく取り上げられましたが、そうした報道の中、ある言い回しが気になった読者の方から質問をいただきました。いわく「水に漬かるという表記を複数目にしたが、『浸かる』が正しいのではないか」と。

「つかる」を辞書で引くと「【漬かる(浸かる)】①液体の中に入る。ひたる。②ある状態などに入りきる。③漬物が食べごろになる」(明鏡国語辞典2版)のように説明されます。明鏡は特に表記について「①②は『浸』が好まれるが、かな書きも多い。③はもっぱら『漬』」ともいいます。これに従えば、家が水につかるような場合も「浸」がよく使われるということになるはずです。

ただし、「浸」を「浸(つ)かる」とする読み方は常用漢字表にない表外訓です。マスメディアは基本的に表外訓は使わないので、「漬かる」や「つかる」が使用されます。毎日新聞はかな書きを標準としていますが、用語の決まりで「漬かる」を採用している社も多いようです。むろん「漬かる」も誤りではありませんが、皆さんはどう書くのがしっくりくるでしょうか。

(2019年11月04日)

 

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