辞書の説明に沿う「参戦前」派が半数を超えました。しかし「終戦前」と捉える人も3割近く。「文脈による」との回答を加えれば4割を超えます。原則としては「参戦前」、読むときは文脈によって判断する、くらいの扱い方がよさそうです。

日本の「戦前」を、第二次大戦「参戦前」と取るか「終戦前」と取るか伺いました。

「参戦前」が最多、「終戦前」も3割弱

日本の「戦前」といえばどちらを指すでしょうか?
第二次大戦参戦より前 55.3%
第二次大戦終戦より前 28.3%
文脈による 16.4%

 

大方の辞書の説明に沿う「参戦前」派が半数を超えました。しかし「終戦前」と捉える人も3割近く。「文脈による」との回答を加えれば4割を超えます。実際には戦中を含めて「戦前」と言われることも多いということでしょう。

「参戦」はどこから?

また選択肢では「参戦前」としましたが、その「参戦」のポイントも明確ではありません。第二次大戦は1939年のドイツによるポーランド侵攻から始まりますが、校閲センターのツイッターには、31年の満州事変から45年の終戦まで、日中開戦、日米開戦などいくつかのターニングポイントがあるとの指摘がありました。つまり「戦前」と「戦中」を区別するのがどの時点かということも、人によって理解が異なりうるわけです。

さらには「戦前」の始まりはどこなのか、「戦後」はいつまでなのか……など簡単に結論の出ない問題はありますが、そこは出題者の力を超えていますのでご容赦ください。

「終戦の詔書」御署名原本=国立公文書館デジタルアーカイブ

「戦中派」から「戦無派」へ

閑話休題。「新語・流行語大全 ことばの戦後史1945-2006」(自由国民社)の1956年の項には「戦中派」が載っています。

戦中派の旗手である村上兵衛の定義によると「戦後派でもなければ戦前派でもない。(中略)人間形成の重要な時期を戦争の中で送った人々」。強いて特徴らしきものをあげれば、イデオロギーに対する無関心、犠牲者意識、心理主義的傾向、などであろうか。

戦前派は第二次大戦前に育ち、「伝統的な考え方を守る」(三省堂国語辞典7版)という特徴があるそうです。終戦から10年ほどしかたっていない当時は、戦前・戦中に厳然たる区別があったはずです。

その11年後、67年の項には「戦無派」が登場します。

戦後に生まれ、多感な少年、少女期はすでに戦後の安定期にはいっていた、いわば戦争をまったく知らない、戦争体験のない世代をいう。

この言葉が生まれて50年以上。戦後生まれは現在、8割を超えています。戦争は遠い昔のことで、戦前・戦中を明確に区別する意識が薄れていても当然でしょう。

「参戦前」が原則、「終戦前」の場合もあり

ツイッターには、日本では終戦前後で政治体制が大きく変わったことを指摘するコメントもありました。この転換点はさすがに現在でも強く意識されています。だからこそ終戦を挟んで「前・後」という対比をさせることが多くなります。「戦前は表現の自由が制限されていた」などという場合、もちろん戦中も含めて言っています。

というわけで、ツイッターの別のコメントにあったように、原則は「参戦前」と読むが文脈によって判断する、という読み方をしてくだされば……と考えます。戦後と対比して戦前・戦中共通の制度がある場合、それを「戦前」とくくってしまっても誤解の恐れは小さいと思われます(もちろん「戦前・戦中」と書けば完璧です)。そうではなく、例えば42年生まれの人について「戦前生まれ」などと表現するのは、辞書の記述の大勢からも今回のアンケートの結果からも避けるべきでしょう。

(2019年11月15日)



質問に際して

「戦前、このあたりは空襲で大きな被害を受け……」などとあれば、いやいや空襲受けてるならもう戦前じゃないでしょ、と突っ込みながら「戦時中」などと直したくなります。

多くの辞書は「戦前」について「戦争の起こる前。特に、第二次大戦の前」(大辞泉2版)といった具合で戦争の「開始前」と説明しています。三省堂国語辞典7版は「あやまって『終戦前』の意味で使うことがある」として、「終戦まで」の意味で「戦前」というのは誤用だとしています。

しかし「安倍首相の通算在任日数は、11月に戦前・戦後通じて最長となる」といった言い方はよく目にします。この場合の「戦前」は戦時中を除いているわけではなく終戦前までと読まなければなりません。少数派ながら新選国語辞典9版は「第二次世界大戦の開戦、または、終戦の以前」としてこの用法を認めています。

「戦争開始前」と取るのが基本でしょうが、単に「戦後」と対比させる場合に「終戦以前」の意味で使えると便利な気もします。許容する方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。

(2019年10月28日)

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