「名詞+かのような」では言葉足らずとして、「~であるかのような」にしたいという人が6割を占めました。「名詞+かのような」は「である」が省略された形とも考えられますが、多くの人から違和感を持たれる表現であると言えます。

「名詞+かのような」という言い回しについて伺いました。

「~であるかのような」を推す人が6割

まるで「被害者かのような」振る舞い――カギの中、どう感じますか?
「被害者のような」としたい 7.1%
「被害者であるかのような」としたい 60.2%
上の二つのいずれかにしたい 17.1%
問題ない 15.6%

 

「名詞+かのような」では言葉足らずとして、「~であるかのような」にしたいという人が6割を占めました。他の選択肢も合わせると、直したいという人が8割超で大多数を占めています。名詞に直接「かのような」をつける形は、多くの人から違和感を持たれる表現であると言えます。

「か/の/ような」と切り分けると…

しかし、この「かのような」という語形を辞書で引こうとしても、どこを見ればよいのか、しばし戸惑います。考えた上で単語として切り分けるなら「か/の/ような」となるはず。「か」は終助詞、「の」は格助詞、「ような」や「ように」は助動詞「ようだ」の活用形です。

「ようだ」の機能のうち大きな一つは「比況表現」です。回答から見られる解説でも挙げましたが、「比況」は大きく「比喩」と「例示」に分けられます。「助詞・助動詞の辞典」(森田良行著、東京堂出版)は「比況」の中でもほかに「内容説明」「不確かな状態として示す」「婉曲(えんきょく)」「推量的気分」を挙げています。「かのようだ」という形をとるのは比喩と考えられますが、二つのものが似ていると同時に違うものである、ということを強調する面もあり、「不確かな状態として示す」意味合いもありそうです。

一方、明鏡国語辞典2版は助詞「か」の項目中で「《断定できない内容を表す文を名詞化して》その情報を不確かなものとして示す」と説明し、「まるで盗んだかのような言い方じゃないか」という例文を挙げています。上の「ようだ」の用法と重なる説明です。これら二つを重ねることで、「かのようだ」が受けている内容は事実性が乏しいものだと強調していると考えられます。

「かのような」につながる言葉は?

それでは、終助詞「か」はどのような語を受けるのがよいのでしょうか。岩波国語辞典7新版は「述語の体言・副詞などや活用語連体形(形容動詞では語幹)に付く」と言います。しかしこの説明だと、終助詞「か」はほぼ全ての語に付くことになり、名詞に直接「かのような」が付いたとしても問題なしということになります。

実際の言葉の使い方を説明する辞典はどう考えているか。「日本語表現・文型事典」(小池清治ほか著、朝倉書店)は「かのようだ」を以下のように説明します。

カノヨウダ:「ヨウダ」の前に「カノ」がつくこともある(名詞・形容動詞は「~デアルカノヨウダ」となる)。この場合、より強調の意が加わる。

ここでは「かのようだ」は名詞に直接付くことはなく、「名詞+であるかのようだ」となるとしています。終助詞「か」はさまざまな語に付くとしても、フレーズとしての「かのようだ」は名詞に直接は付きにくいということでしょう。

しかし一方、「日本語類義表現使い分け辞典」(泉原省二著、研究社)では「まるで偉い人(である)かのように、自分を何様だと思ってんだろうね」という例文が載っています。日本語を専門的に扱った本においても、規範的なルールを示すよりも、言葉が実際にどう使われているかに注目した場合には、「である」の無い言い方も取り上げられるようです。

違和感避けるなら「である」が必要

もっとも、岩波国語辞典が示すように終助詞「か」は「述語」に付くものです。述語は日本語の場合、基本的には文の最後にあって文を完成させるものと言えます。質問に取り上げたような「まるで被害者」が文として成立しているかどうかは、一見したところ分かりづらい。「まるで被害者である」なら、「被害者である」が述語として成立しそうで、「かのようだ」にもつながりやすいと見ることができます。

「名詞+かのようだ」という言い回しも、あくまでも「名詞(である)+かのようだ」と、「である」を省略した形と考えるのがよいのかもしれません。しかし、アンケートの結果で「被害者であるかのような」としたい、を選んだ人が最多だったことは、「である」は本来省略されるべきではないという感じ方が根強いことを示しています。「名詞+かのようだ」は違和感を持たれやすい形であり、特段の事情がない限りは使用を避けることをお勧めします。

(2019年11月12日)



質問に際して

「かのようだ」はなかなか難しい言葉ですが、「名詞+かのような(かのように)」という形を見かけることがあり、一度皆さんの意見を伺ってみたいと取り上げました。なお「かのような、かのように」は「かのようだ」の活用形です。

助動詞「ようだ」で、あるものと別のものを引きくらべる表現を「比況表現」と言います。物を例える「比喩」と、例を挙げる「例示」の2種類とのこと。「あの馬は飛ぶように走る」などが比喩、「犬や猫のような哺乳類」などというのが例示です。

そして比喩では「ようだ」の前に「かの」が付く場合があります。「か」は終助詞、「の」は格助詞ですが、ここでは立ち入りません。「かの」が付くと強調表現になるとされています。

しかし強調表現なら「かの」を取っても文が成立する必要がありそうなのですが、「被害者かのような」を「被害者ような」とすることはできません。文が成立するためには「被害者である(かの)ような」となるべきだろうと思われます。

また「か」を外して「被害者のような」とすることもできそうですが、「のような」と「かのような」では厳密には意味が違ってくるという考え方もありそうです。「名詞+かのような」が「あり」かどうかに加えて、書き換えるならどうするか。皆さんの判断はいかがでしょうか。

(2019年10月24日)

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