「できうる限り」より「できる限り」を推す人が6割超でした。ただ2割弱は「意味が異なる」とし、「できうる限り」は、達成が困難かもしれないという見通しを踏まえ、努力にも限界があるという思いが込められることもあるようです。

「できうる限り」という表現をどう思うか伺いました。

6割超は「できる限り」推す

「できうる限り努力します」などの「できうる限り」という表現、どう感じますか?
おかしくない。「できる限り」と同じ意味 19%
おかしくない。「できる限り」とは意味が異なる 16.6%
おかしくないが、「できる限り」の方がよい 30.1%
おかしい。「できる限り」とすべきだ 34.4%

 

「できる限り」とすべきだという人が3分の1と最多で、「『できる限り』の方がよい」を加えれば6割超。ただし「おかしい」と「おかしくない」で見ればほぼ1対2。「できる限り」と同じ意味なのかどうかでは見解が割れました。どう捉えるか難しい結果です。

明治期から使われた「できうる限り」

以前「後世の評価に<たえうる>」という表現をどうするかアンケートしたところ、「堪え得る」が最多の47.5%、対して「堪える」は13.7%でした。「堪える」には「できる」の意味が含まれるため「堪え得る」には重複感があるのですが、さほど気にならないという人が多いという結果でした。それに比べれば「できうる限り」が気になる人は多いようです。

ただ、気になるポイントは重複感に限らないかも。ツイッターでは、大仰な言い回しに感じるというコメントを複数いただきました。

NHK放送文化研究所のサイトでは、文法に合わない「あたうる限り」という表現が見られる原因として、「『できる』に『得る』が連なって『できうる限り』『できうるだけ』という言い方も明治時代には使われていましたが、こうした『~うる』も影響を与えているかもしれません」と説明しています。

その明治時代の夏目漱石「吾輩は猫である」では、猫の飼い主である先生が「余は年来の胃弱を直す為に出来得る限りの方法を講じて見たが凡て駄目である」と日記に書いています。さらには「出来得べくんば混成猫旅団を組織して露西亜兵を引っ搔いてやりたいと思ふ位である」というくだりも(「漱石全集第1巻」岩波書店)。

この「出来得べくんば」は「できるものならば」という意味。昔の文章で時々見る言い回しですが、動詞「出来得(できう)」(することができる)に可能の助動詞「べし」、もしくは「できる」+「得る」に「べし」がくっついており、可能の意味が二重三重になっています。こうした表現が普通だった時代はあるのですが、「できうる限り」が大げさに聞こえるのは、やはり時代がかった雰囲気があるためでしょう。

「できうる…」には「困難」のニュアンスも

またツイッターでは、「達成できる見込みがあるうちは努力します」というニュアンスで、また「難しい条件を提示された場合など」に「できうる限り」を使うというコメントも頂きました。「『できる限り』と意味が異なる」とした人は2割弱でしたが、達成が困難かもしれないという見通しを踏まえ、努力にも限界があるという思いが込められることもあるようです。

安倍晋三首相は6月の記者会見で、イラン情勢について「日本として、できる、できうる限りの役割について努力を重ねていきたいと思っております」と語りました。「できる」と口にし、すぐに「できうる」と言い直したのです(トランプ米国大統領との電話会談についての会見の動画)。

「あたうる限り」という表現を使っていた首相ですから「できうる限り」のほうが好みなのかもしれません。ともかく「努力にも限界があって、無理かもしれないけど……」というニュアンスで「できうる限り」と言ったわけではないと信じたいもの。9月には「緊張緩和、平和と安定の実現に向けて、我が国は、できる限りの努力を尽くしてまいります」と語っていたので大丈夫だとは思いますが(第74回国連総会出席等についての内外記者会見)。

基本的には「できる限り」がよさそう

さて実際に原稿で出くわしたらどうするか。基本的にはアンケート結果に従い「できる限り」とするのがよさそうです。あえて古風な表現にしている場合や、努力に留保をつけているニュアンスが強い発言であれば、要検討ということになるでしょう。

(2019年10月15日)



質問に際して

当サイトでは以前「あたうる限り」は文法的に誤り、という記事を掲載しました。ではそれとよく似た「できうる限り」はどうでしょう。文法的な接続に問題はないようです。大辞泉2版で「うる」を引くと、「動詞の連用形に付いて、…することができる、可能である、の意を表す」とあり、そのものずばり「できうる限りの努力」という用例がありました。

しかしそうすると、「できうる」は「できる+うる」で、「できることができる」という意味になってしまいます。これはやはり変なのでは。もしくは単に「できる限り」と言うのとはニュアンスが異なり、ワンクッションおいて表現を弱める意図などがあるのでしょうか。

大辞林4版では「出来得(できう)」という動詞を載せており、「することができる。することが可能である」という意味だとしています。その用例にも「できうる限りの努力をする」がありました。「できる+うる」と考えずに一語だと捉えれば意味のダブりの問題は発生しませんが、この「できう」がなじみのある言葉だとは思えません。下二段活用をするということですから、やはり現代の日常語とはいえないでしょう。

文法的に間違っておらず、辞書の用例にもある「できうる限り」ですが、「できる限り」の方がよいのではないかと思っています。皆さんの賛同は得られるでしょうか。

(2019年09月26日)

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