「前倒し」を動詞にする時には「前倒す」ではなく「前倒しする」にすべきだと考える人が大勢でした。新しい用法に寛容な辞書では「前倒しする」の形が可能であると示すものがありますが、「前倒す」を許容するものは見つかりません。

「前倒し」を動詞にする時の用法について伺いました。

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大多数は「前倒しして」を選択

予定を「前倒して」事業を進める――この言い方、気になりますか?
「前倒して」で問題ない 7.5%
「前倒しして」を使う 83.2%
上のいずれも使う 9.3%

 

「前倒して」でよいと考える人は「いずれも使う」を含めても6人に1人程度で、「前倒しして」という形にする人が8割を超えました。「前倒し」を動詞にする時には、「前倒す」ではなく「前倒しする」にすべきだと考える人が大勢を占めているということです。

「前倒し」は「70年代の官庁俗語」説が有力

ところで今回の問いについては校閲センターのツイッターへのコメントなどで「『前倒しにする』と言う」「そもそも『前倒し』を使わない」という意見もいただきました。選択肢の工夫が十分とは言えなかった点は今後に生かしたいと思います。ただし、今回は「前倒し」という言葉が十分に定着しているという前提で、動詞化するならどうするか、という観点から伺いました。ご了解のほどを。

回答から見られる解説では、岩波国語辞典(7新版)から「『繰り上げ』でも済むのに、一九七三年ごろに官庁俗語として現れたのが、広まった語」という説明を引きました。1911~70年の新聞記事を集めた神戸大学の新聞記事文庫で「前倒し」を検索してもヒットせず、毎日新聞の見出しで確認できたのも77年が最初。国会会議録検索システムでも71年が初出(54年の記事もヒットしますがこれは「前例」をデジタル化した際の誤字)でしたので、岩波の説明は説得力があります。

1977年2月12日毎日新聞朝刊

 

また、他の辞書の説明・用例を見ても「特に、予算の執行や公共事業の実施を予定より早く行うこと。『公共事業を前倒しして景気の回復をはかる』」(現代国語例解辞典5版)、「(予算の執行や施策の実施などを)予定の時期を繰り上げて実行すること」(広辞苑7版)など、お役所で使われる言葉であることを示すようなものになっています。

動詞形は掲載しない辞書も

しかし、こうした経緯はあるとはいえ、「前倒し」は既によく使われる言葉になっています。毎日新聞の記事データベースを見ると、2009~18年の10年間の使用件数(東京本社版、地域面除く)は2609件。同じように使える「繰り上げ(くりあげ、くり上げ含む)」は1172件と、「前倒し」に大きく水をあけられています。

ただし辞書類では、「前倒し」から動詞化して使うことには慎重なものが多いようです。広辞苑、岩波国語辞典、新明解国語辞典、大辞林などは現時点の最新版でも動詞化する形を載せていません。明鏡国語辞典(2版)は「公共事業を―にする」という書き方で、「前倒しする」と言わずに「前倒しにする」と言う方がよいと示唆しています。

比較的新しい言葉や用法に寛容かつ敏感な、大辞泉、三省堂国語辞典、三省堂現代新国語辞典、現代国語例解辞典が「名・他サ」「スル」などと記して「前倒しする」が可能であることを示していますが、「前倒す」を許容する辞書は一つもありませんでした。

「前倒しし」と書いて支障なし

アンケートでも「前倒す」が支持を得られていないことは結果から明白でした。校閲センターのツイッターでは「しわ寄せる」のような語形について「サ変動詞『する』を使わずに名詞を動詞化する傾向が強まっているのかもしれない」と書いた記事がありましたが、少なくとも「前倒し」に関しては、「する」をはしょった形は一般的な支持を得られていないようです。過去記事を見ると「子育て安心プランを前倒し、人材確保や質向上に取り組むべきだ」のような文も見かけますが、これも「前倒しし」と直して理解が得られるものと考えます。

(2019年09月06日)

質問に際して

予定より物事を繰り上げて進めることを「前倒し」と言います。岩波国語辞典(7新版)は語義を説明した後に注記して「『繰り上げ』でも済むのに、一九七三年ごろに官庁俗語として現れたのが、広まった語」と、いくぶん苦々しげに書いています。

とはいえ、「前倒し」はすっかり定着したと言ってよいでしょう。動詞化して「前倒しする」という形でもよく使われるのですが、連用形の時に「前倒して」と書かれることがあるのが気になっていました。

これが例えば「口出しする」なら、「口出しして」とは言っても「口出して」とはならないでしょう。「し」が重なるからといって、一つ減らそうとは誰も考えないはずです。

「前倒し」は「口出し」のようには用法が確立していないというのが一因かもしれません。実のところ「前倒し」は「―する」という動名詞としての用法を載せていない辞書も多いのです。あるいは「押し倒し―押し倒す」のように動詞の連用形がそのまま名詞化する言葉との混同もあるのかもしれません。

校閲記者は「前倒して」とある原稿を見ると「前倒しして」に直すのですが、案外「前倒して」が主流である、なんて可能性もあるのでしょうか。皆さんはどちらをお使いでしょう。

(2019年08月19日)

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