「残留の『め』がなくなる」は「目」か「芽」か。回答は「目」が5割、「芽」が4割と分かれました。「目」と「芽」は由来が別ですが、意味は通じ合うところがあり、この場合も両方問題なく使えると言えそうです。

可能性としての「め」について伺いました。

「目:芽」比率は5対4

十両残留の「め」がなくなる――漢字にするならどう書きますか?
目 52.3%
芽 40.7%
どちらでもよい 7%

 

今回も割れました。「目」がわずかに半数を超えましたが、「芽」も4割。似たような意味を含むので「どちらでもよい」も結構あるのではないかと思いましたが、こちらは意外に少数でした。

どちらもダメとは言い難い

回答から見られる解説でも書きましたが、今回のアンケートのきっかけは記事の表記が変化したこと。夕刊紙面の記事では「勝ち越しや十両残留の芽がなくなり~」とあったものが、後からウェブに掲載された替え記事では「十両残留の目もなくなった~」となっていたのです。ちなみに「替え記事」や「替え原稿」とは、情報等を更新して古い記事と入れ替える、新しい記事や原稿を言います。紙媒体では同じ日付の新聞に載る記事でも、印刷する時間帯によって記事を「替え」に更新することが珍しくありません。

ウェブで替え記事を使うこと自体は何ら問題ないのですが、表記が変更されたのは気になるところです。ウェブで他紙の記事を検索してみると、確かに「勝ち越しの目もなくなり」「残留の目が無くなって」としているものが見つかりました。「勝ち目」などの言葉から「見込み」のような意味が浮かびやすいだけに、「目」の方が使いやすいと感じる向きはありそうです。とはいえ、「芽」がダメなのかというと、それはそれで考えてしまいます。

負け越すまでは残留の「芽」が育ちそうだった、と考えるなら「芽」でもおかしくはないでしょう。回答からの解説では毎日新聞の使用例についても触れましたが、可能性としての「め」の表記は、「目」がやや多いものの「芽」も全体の4割を占めており、決して少なくはありません。今回のアンケートの結果を見ても、「芽」を使ってはいけないという判断にはならないと考えます。

由来は別でも意味は通じ合う

「目が出る/芽が出る」のように、互いに通じ合う表現も見られます。大辞泉(2版)の「目が出る」の説明には「《賽(さい)のよい目が出る意から》幸運が巡ってくる。芽が出る」(「賽」はサイコロ)とあり、「芽が出る」の説明には「幸運が巡ってきて、成功の糸口が開ける。目が出る」とあります。「目」と「芽」はともに良い兆しとして使われる場合があるということです。

三省堂現代新国語辞典(6版)は「目」の項目中、やはりサイコロの目の意味から転じた「いいことが実現する可能性」という語釈を挙げつつ、「芽」の項目を参照するよう促します。「芽」のほうでは「これから大きく成長しようとするもの」という語釈において「目」を参照するよう促しています。サイコロの目は生き物の目からの比喩ですから、植物の芽とは由来は重ならないのですが、互いに通じる意味合いがあることを示しています。

「目がなくなる」が慣用になるか

一方で、かつて「目が無い」という表現は「心を奪われて思慮分別がない」「鑑識力・洞察力がない」(広辞苑7版)といった意味のみが説明されていましたが、近ごろは「勝ち目がない。うまくいかない」(同)のような説明を加える辞書が出てきました。広辞苑では2008年の6版から載っています。

こうした用法が広がっていると考えると、「残留の『め』がなくなる」という場合も「目」を使う方がなじむと感じる人が増えていくかもしれません。三省堂国語辞典は「目がなくなる」という形で「可能性が消える」とする説明を以前から載せており、慣用として定着が進んでいると見ることもできます。現時点では、質問のようなケースでは「目」と「芽」のいずれも問題なく使えると考えますが、今後は変化も起こりそうです。

(2019年08月09日)



質問に際して

今は安治川親方となった安美錦の引退を報じる記事でした。毎日新聞の夕刊には安美錦の言葉を「勝ち越しや十両残留の芽がなくなり、スパッと決めた」という形で掲載。「芽がなくなる」か、可能性を消すという意味で「芽を摘む」という言い回しもあり、問題なかろうと考えました。

しかし、同じ発言を報じたスポーツ紙のウェブ版の記事には「残留の目がなくなってスパッと」というものも。しかのみならず、毎日新聞の記事もウェブに載ったものでは「十両残留の目もなくなった時点で未練もなく……」としているではありませんか。

可能性の意味で「目」を使うのは比較的新しい表現のようです。新選国語辞典(9版)は「目」の項目に「〔俗語〕[さいころを振って出る目の意から]可能性。チャンス」という説明があります。サイコロを使う遊技に由来するということで、俗語扱いになるのでしょう。

毎日新聞の記事データベース(東京版、地域面除く)では、「可能性がなくなる」という意味で「~の芽がなくなる」としたものは14件、「~の目がなくなる」が21件。「目」がやや多いですが、それほどの差ではありません。しかし、皆さんの支持が偏るならば、今後の用字にも影響しそうです。いかがでしょう。

(2019年07月22日)

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