食品のパッケージなどの「お召し上がり方」という表現に過剰な印象をもつ人が過半数、敬語が不要だという人が3割でした。敬語として不適切とも考えられ、言葉を丁寧にしようとし過ぎるのは、むしろマイナスと考えた方がよさそうです。

「お召し上がり方」という言い回しについて伺いました。

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不適切という意見が大半、「敬語が不要」も3割

レトルト食品の箱に「お召し上がり方」という表示。どう感じますか?
問題ない 15%
言葉が不足。「お召し上がりになり方」などとしたい 0.8%
過剰な印象。「召し上がり方」でよい 32.9%
敬語が不要。「食べ方」でよい 51.3%

 

「お召し上がり方」という表示をしているのは特殊な例なのか、気になってお店のレトルト食品の箱やパウチを片端から引っくり返して見てみました。多かったのは「作り方」「温め方」「召し上がり方」。しかし質問の際に写真をあげたもの以外にも「お召し上がり方」と表示する商品は存在しており、ある程度広まった言い回しであることがうかがえます。

「食べる」の尊敬語が「召し上がる」。それをさらに丁寧にして「お召し上がりになる」と言う場合があります。一見したところ二重敬語のようですが、明鏡国語辞典(2版)は「召し上がる」の項目で「さらに敬意の度合いを高めて『お召し上がりになる』とも」としており、誤用とする見解は取っていません。菊地康人さんの「敬語」(講談社学術文庫、1997年)でも「例外的に使える二重敬語」として「以前から定着している『お(召し)あがりになる』」を挙げており、よく使う言い回しとして認められています。

「お召し上がり方」が出てくるのは、この「お召し上がりになる」という形になじみがあることによるのでしょうか。しかし「『お召しあがり方』は、二重敬語だからということではなく、『お話し方』がおかしいのと同じ理由で、おかしい」(菊地前掲「敬語」)といい、表現として不適切と考えられます。「先生の『お話し方』はとても分かりやすい」などとは言わないもので、「お召し上がり方」も同様ということです。

「お」は増殖する傾向にある

しかし、井上史雄さんの「敬語はこわくない」(講談社現代新書、1999年)は以下のように言います。

お菓子の箱などに近頃「お召し上がり方」などと書いてあることがある。以前は「召し上がり方」だった。「召し上がる」と言い表わしただけで十分に丁寧なのに「お」を付けるのは行き過ぎだと思うが、世の中、とにかく上品に、丁寧に表わしておけば安全だと思う人が多いらしい。最近「お考え方」なる表現に接した。(中略)また「お歌い方」「おしゃべり方」の使用例の報告がある。

やはり近ごろになって「~方」のような言葉にも「お」を付ける傾向があらわれているようなのです。それには「お」そのものが持つ敬意の重みがなくなっているという事情もあるようです。井上さんは「『お』が沢山の単語に付くようになり、『お』自体が軽く扱われるのが、敬意低減である」としています。

敬語というのは時代とともに敬意が擦り減っていくものだ、というのは先日の「お前」についてのアンケートでも見た通りで、かつては敬意を込めた表現だった「お前」「貴様」といった言葉が、時代が下るにつれ同輩以下を指す言葉になっていました。「お」の乱発も、自分の使う言葉が敬意不足になっているのではないかという不安によるものでしょうし、軽くなった「お」はどんな言葉にも付けやすくなっているということでもあるのでしょう。

端的な表現が好印象につながることも

アンケートの結果にも表れているように、「お召し上がり方」という表現を適切と感じる人は少数派で、「お」は付けずに「召し上がり方」とするだけで十分と言えます。また、質問を掲載した校閲センターのツイッターに「外国人にも分かりやすい」という観点から「食べ方」をよしとするコメントをした人もありました。「やさしい日本語」が注目されている昨今では、そのような考え方も「あり」だと感じます。

敬語は難しい、というのは今回のアンケートを通じて改めて感じたことですが、だからといってやたらと丁寧さを追求すると「お召し上がり方」のような違和感を持たれる表現に行き着くことになってしまうようです。言葉の受け手に敬意を持つことは大事ですが、同時に率直さや簡潔さを重んじることも受け手への配慮であり、印象を良くすることにつながるのではないかと考えます。

(2019年07月30日)

質問に際して

ある日の食事にレトルトのカレーを温めようとした時のこと。何分くらい温めるのかな、と思って箱を見ると「お召し上がり方」とあります。ん? 「作り方」ではなく「お召し上がり方」か、確かに「作る」要素はないものね、と思いましたが何だか引っかかります。

簡単に言えば「食べ方」でしょう。「食べる」の尊敬語は「召し上がる」ですから、敬語の形を取れば「召し上がり方」になるはず。しかしそれだけでは物足りなかったか、「金」を「お金」と言うように「お」を美化語として添えたものと思われます。

一方で「召し上がる」より敬意を込めた表現として「お召し上がりになる」という言い方があります。この「お……になる」という言い回しは普通の動詞でも敬意表現にすることができるもの。例えば「書く」なら「お書きになる」という尊敬語になります。

この形を踏まえると「お召し上がり方」は、「書き方」を「お書き方」と言うかのような、言葉が混ざったようで中途半端な印象を受ける言い回しです。しかしこうして使われているところを見ると、ハイブリッドな(?)敬意表現として受け入れられているのでしょうか。

(2019年07月11日)

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