火災に遭ったノートルダム「カテドラル」の訳語は「大聖堂」が3分の2を占めました。「ノートルダム寺院」の表記も散見されるように、「寺院」は仏教に限らず使える言葉であることを辞書も示していますが、変化の兆しもうかがえます。

ノートルダム「カテドラル」の訳語について伺いました。

3分の2が「大聖堂」を選ぶ

火災に遭ったノートルダム「カテドラル」。訳語はどちらがなじみますか?
寺院 16.3%
大聖堂 66.9%
どちらでもよい 16.8%

 

「大聖堂」が3分の2と大多数を占めました。毎日新聞も今般の火災関連の記事では「大聖堂」を使用しているので、少々ほっとしております。もっとも「寺院」を選んだ人も誤りというわけではありませんので、ご安心を。

教会の呼称はまちまち

フランス語で主にカトリックの教会を意味する「église」(エグリーズ)には幾つかの種類があります。そのうちカテドラル(cathédrale)と呼ばれるのは教区ごとに置かれる「司教座聖堂」。司教の座る椅子のラテン語「cathedra」に由来します。ノートルダム・カテドラルはパリ大司教区の司教座聖堂で、規模の大きさもあって「大聖堂」と呼ばれます。

一方で「basilique」と呼ばれる教会もあります。「教会から特権を与えられたいくつかの由緒ある聖堂の名誉称号」(ロベール仏和大辞典)と言いますが、パリのモンマルトルにある「Basilique du Sacré-Cœur」は「サクレ・クール寺院」と呼ばれることがほとんど。今回のアンケートに当たって観光ガイドなどもめくってみましたが「ノートルダム寺院」も散見され、どうも教会を「寺院」と呼ぶことに私たちは抵抗がないのだと思われます。

サクレ・クール寺院

「寺院」は多宗教に使えるが、変化の兆しも

しかしキリスト教建築に「寺院」を使ってもよいものか。広辞苑(7版)で「寺院」を引いてみると「(『院』は支院を指す)寺」と一言。カテドラルの訳語に「寺院」をあてた人は「寺」すなわち「仏像を安置し、僧・尼が居住し、道を修し教法を説く建物」(広辞苑7版)だと思っていた? いやいや、これはさすがに広辞苑の説明不足と感じます。

大辞林(3版)は「寺院」を広く理解し「宗教的儀式を執り行うための建物」とします。これならば宗教・宗派を問わず使えます。大辞泉(2版)は「仏寺」としつつも「また、広くイスラム教・キリスト教の礼拝堂にもいう」としており、キリスト教の大建築に使われるのも納得できそうです。

ただしイスラム教の場合は、以前はモスクのことを説明する際に「イスラム教寺院」と言うことが多かったものが、最近は「イスラム教礼拝所」とするようになっています。仏教以外について「寺院」を使用するのは、徐々に通りが悪くなっている可能性はあります。

結果的には「大聖堂」で穏当か

共同通信が一貫して「ノートルダム寺院(大聖堂)」を使用しているのは過去からの書き習わしを大事にしているためでしょう。しかし一方で、「寺院」という言葉に対する私たちの感覚が変化しないという保証はありません。アンケートの結果から見ても、「ノートルダム大聖堂」とした今回の選択は穏当なものだったのではないかと考えます。

(2019年05月14日)



質問に際して

パリのノートルダム。フランス語表記だと「Cathédrale Notre-Dame de Paris」となりますが、そのうち「cathédrale=カテドラル」をどう訳すのがなじむか伺いました。

今回の火災で、共同通信は「ノートルダム寺院(大聖堂)」と初出で併記し、以下は「同寺院」のように書いています。毎日新聞は「ノートルダム大聖堂」に統一しましたが、過去記事を見ると書き方はまちまち。今回の件を除けばむしろ「ノートルダム寺院」の方が多く使われています。

「カテドラル」は「カトリック教会の司教座聖堂。(中略)わが国では大聖堂あるいは大会堂などの別称も使われる」(日本大百科全書)。パリ大司教の司教座聖堂ということで、火災を見舞う日本カトリック司教協議会会長の声明文でも「大聖堂」の呼称を用いています。

では、なぜ「寺院」も使われるのか。これは習慣と言うほかなさそうです。青空文庫を見てみると、辰野隆や江戸川乱歩のような、著名なフランス文学者や作家が「ノートルダム寺院」としています。日本国語大辞典(2版)の「カテドラル」の項目にも「大寺院」との語釈が挙げられていますし、祈りの場である大建築として「寺院」の名が使われることが多かったのでしょう。

どちらかといえば「寺院」は昔風で、今は「大聖堂」の方が通りがよいかと思いますが、いかがでしょうか。

(2019年04月25日)

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