力が均衡しているのが「三つどもえ」だという見解が7割を占めました。文様には「四つどもえ」もありますが、争いごとの場合は「三つどもえ」が慣用。ところでこの「ともえ」、複数の辞書が「人魂(ひとだま)」の形と説明しています。

「三つどもえ」という言葉の使い方について伺いました。

スポンサーリンク

7割が「均衡している」と理解

3者が争う「三つどもえ」の戦い。力関係はどんな感じ?
3者の力は均衡している 71.3%
3者の力に差があってもよい 28.7%

 

力が均衡しているのが「三つどもえ」だという見解が7割を占めました。やはり三つどもえといえば、三つの文様が互いを追い回すような図柄が浮かぶためでしょう。

初めは「三つどもえ」でも差がつくと変化も

「三つどもえ」は選挙の折によく使われます。今回の統一地方選では、3人の候補が立った福井、奈良、福岡の各県知事選、広島市長選で使われていました。とりあえず3人での争いなら「三つどもえ」と呼びがちですが、選挙戦が進んで勢いに差がついてくると言い回しに変化が出てくるようです。「三つどもえの混戦から○○が抜け出した」のような書き方もされ、「三つどもえ」には互角というニュアンスがあることを示唆しています。

三つ巴の文様(リンク先より)

 

国語辞典でも、回答からの解説で挙げた大辞林のほか、明鏡国語辞典(2版)も「みつどもえ」の項目で「勢力のほぼ等しい三者が対立して入り乱れること」としています。ほかにも「三者が張りあって争うこと」(新明解国語辞典7版)のように、明示的ではなくとも、力の差が小さいことを前提とした説明をしているものもあります。「三つどもえ」は均衡している場合に使いたい言葉、ということで問題なさそうです。

争いごとの慣用は「三つどもえ」

時に出てくる「四つどもえ」という表現に対して、毎日新聞用語集は「慣用は『三つどもえ』。4人なら『4者入り乱れて』などと言い換える」と案内しています。もっとも文様には四つどもえもありますから、発言の中で出てきた場合などは直しにくいことも。昨年の自民党総裁選に絡んでは党幹部の一人が「(一騎打ちにならないように)三つどもえ、四つどもえでやってほしかった」と言ったそうです。

四つどもえ

 

この場合に「三つどもえ」を残して「四つどもえ」だけ直すというのはあり得ませんから、「四つどもえ」も仕方なしということになるでしょうか。

「ともえ」は「人魂」の形?

ところで「ともえ」とは「鞆」の形に似ているため「鞆絵」のことと言われます。「鞆」とは、矢を射るとき弓の弦が腕などに当たるのを防ぐため、弓を持つ腕に付ける道具。

広辞苑7版から

 

太った三日月にしっぽが付いたような形とでも言いましょうか。しかし、本題からは外れますが、いくつかの辞書で気になったのは「ともえ」の説明に「人魂(ひとだま)」が出てくることです。

「鞆の側面を図案化し、人魂のような形を、一つないし三つ円形に配した模様・紋所」(岩波国語辞典7新版)。「尾を外側に引いた人魂形の曲線で図案化した文様の名称」(集英社国語辞典3版)。うーん、人魂ですか……「鬼火」ならまだ実在すると言えるかもしれませんが、人魂の方が分かりやすい? 案外、執筆した人たちは「人魂」について十分な根拠を持っているのかもしれませんけれども……。

(2019年04月09日)



質問に際して

統一地方選は知事選が告示されました。候補者が3人の選挙で使われがちなのが「三つどもえの戦い」という表現。「ともえ」というのは「でんでん太鼓」によく描かれている、オタマジャクシのような模様のことです。弓具の「鞆(とも)」を図案化したものとも言い、模様が二つなら「二つどもえ」、三つなら「三つどもえ」の文様と呼ばれます。三つどもえなら三つの模様が互いに追い回すような形です。

しかし図柄では「ともえ」の大きさは同じです。とすると「三つどもえ」の戦いという比喩が成立するには3者の力が均衡していないといけないようにも思えます。「勢力がほぼ同等の3者が入り乱れて争うこと」(大辞林3版)のように語釈にはっきり「同等」と書いている辞書もあります。

ところで文様には「四つどもえ」も存在するのですが、争いなどの場合の慣用は「三つどもえ」のみ。4者になっても「四つどもえの争い」などとは言いません。大相撲の優勝決定戦で3人が争う場合は「ともえ戦」を行うように、「ともえ」だけで3者を意味する場合もあります。

(2019年03月21日)

フォローすると最新情報が届きます

Twitter