「上り詰めた」は「トップになった場合に使うべきだ」が半分を超え、副社長では「違和感がある」が計8割。トップでない用例は評価したい気持ちがこもっていると思われますが、やはり頂点に立った場合に使うべき言葉です。

「上り詰める」という言葉の使い方について伺いました。

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「違和感あり」が8割占める

副社長の座に「上り詰めた」――違和感ありますか?
トップになった場合に使うべきで、違和感がある 56.3%
違和感はあるが、許容範囲 26.3%
最終的にその地位に至ったという意味で、違和感はない 17.4%

 

「違和感がある」という人が、「許容範囲」という人も含めると8割を占めました。「トップになった場合」に限るという人は5割強ですが、それ以外にも使うと違和感を持たれることが多いのは間違いありません。

一般的には「頂点に達すること」

「のぼりつめる」の項目で「のぼっていって最も高い所に達する」という語釈を載せる明鏡国語辞典(2版)では「社長にまで―」という用例を挙げています。地位が上がることに関して使うのは比喩的な用法とも言えますが、その場合でも頂点まで至るのが「上り詰める」の一般的な使い方だと言えるでしょう。新聞の用例でも、トップになる例が多数なのは間違いありません。「角界最高位に上り詰める」「首相の座に上り詰める」のような形です。

ただ一方で、回答から見られる解説でも挙げたような「業界4位に上り詰める」や「世界ランキング5位に上り詰める」のような書き方を見ることもあります。間違いである、と一蹴できれば話は早いですし、確かにこのような使い方を人に勧めることはできません。しかし、こうした「頂点に立たない」けれども一定数現れる「上り詰める」は何なのか、気にはなります。

トップでない用例は「評価」の表れか

似たような例と言えそうなのは、以前にアンケートで取り上げた「凱旋」です。本来は勝利の際に使う言葉であり、スポーツの大会などであれば優勝した際に使うべき言葉と考えられますが、準優勝の場合でも使う例が見られます。アンケートの結果も「準優勝でも成功とは言えるので問題ない」という見解を取る人が過半数を占めました。この場合には、たとえ優勝でなくとも、「凱旋」という言葉で戦った人をたたえたいという気持ちを持つ人が多いのではないか、と考えました。

「上り詰める」も同様で、たとえ「副社長」や「業界4位」であっても、やれるだけのことをやって上がれるだけ上がったのだ、という評価が「上り詰める」という言葉にこもっているのだろうと考えます。客観的には頂点とは言えなくても、それ以上は望むべくもない、あるいは望む必要もないという価値判断の入った表現であるということです。

辞書の説明に従うのが確実

とはいえ、言葉の本来の意味からすれば、やはり頂点に立った場合に使うべき言葉です。辞書の語釈は「一番上の所までのぼる」などシンプルなものが多いですが、それに従うのが確実でしょう。今回のアンケートで8割の人が違和感を示したということは、実に常識的な反応だったのではないかと感じます。

(2019年03月01日)

質問に際して

国語辞典による「上り詰める」の語釈は「一番上の所までのぼる」(岩波国語辞典7新版)というものが典型的でしょう。それより上までは行けない、という所まで行くのが「上り詰める」です。

ところが、日ごろ目にする原稿の中には、「一番上」とは言い難い例もかなり出てきます。「業界4位に上り詰めた」というくだりでは「一番上」でないことは明らか。これは「4位になった」と直してもらいましたが、過去記事を検索するとさまざまなケースが出てきます。

「ナンバー2まで上り詰め」「事務次官に次ぐ国税庁長官にまで上り詰めた」などという、もう一つ上の地位があるのにと感じさせる例や、「頂点一歩手前まで上り詰めた両チーム」「世界一を争う位置まで上り詰めた」のように、そこで「上り詰めた」と言わずに頂点に行ってから使えばよいのに、と思わせる例なども。

しかし、もしかするとこれらの「上り詰める」は、上の語釈とは意味が違うのかもしれません。「詰める」に含まれる「最後・限度まで…する」(大辞泉2版)という意味から、「上りきわめる」と解するのではなく、「最後にはここまで上った」のように捉えているのかも。みなさんはどう感じるでしょうか。

(2019年02月11日)

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