「自認」の使い方の回答は割れました。辞書などではマイナスの場面での用例が目立ちますが、単なるうぬぼれの可能性がある「自任」に対し、自分の判断が客観的判断と一致しているためと思われます。広い意味で使うのも問題ないでしょう。

「自認」をどういった場面で使うか伺いました。

スポンサーリンク

回答は三つに割れる

「自認する」という言葉、主に何を認めるときに使いますか?
「リーダーを自認する」など役割や地位 30.1%
「過ちを自認する」など欠点や失敗 31.4%
「猫好きを自認する」など幅広く使う 38.6%

 

広く使うという方が約4割、「役割や地位」「欠点や失敗」とした方がいずれも約3割と回答は割れました。意外なのは、「役割や地位」を選んだ方の多さ。この意味では「自任」という言葉があるので、あえて「自認」を使う方は少ないだろうと思っていましたが、「欠点や失敗」と同じくらい選ばれました。

ポジティブな「自任」との使い分け

編集者の北原帽子さんはブログで「『自任している』(自任=自分がふさわしいと思う、自負している)と書くところを、『自認している』としているケースがとても多い」と書いていました。そもそも「自認」と「自任」の使い分けはあまり意識されていないのかもしれません。

北原さんは「ポジティブなときは『自任』(わたしに任せなさい)、ネガティブなときが『自認』(良くない行いをしたことを認める)と覚えておくとよい」として、「編集の現場では、ポジティブな場合は自認を自任にするよう指摘」しているそうです。毎日新聞用語集のスタンスに近いですね。

明治期から幅広い使い方も

しかしツイッターで既にご指摘があったように、大辞林3版(2006年)の「自認」の項目は「ある状態が事実であると自分自身でたしかに認めること。善悪・良否など、どちらにもいう」と、2版(1995年)の「自分自身で認めること」という記述から大幅に加筆されています。

夏目漱石は「吾輩は猫である」で「藪睨みから惚れられたと自認して居る人間もある世の中だから此位の誤謬は決して驚くに足らん」「顔の醜いのを自認するのは心の賤しきを会得する楷梯にもなろう」(日本近代文学大系から)と、自負に近い(勘違いの)意味でも欠点を認める意味でも「自認」を使っています。明治時代からポジティブ・ネガティブ両方について使われているのですから、大辞林の記述は認めざるを得ないでしょう。

主観と客観の差=「自任/自認」の差に

ではなぜ辞書などでは、マイナスの場面での用例が目立つのか。これも大辞林の注釈にヒントがありそうです。引用すると「同音語の『自任』は自分の能力・資質などがその任務や地位にふさわしいと思いこむことであるが、それに対して『自認』は他人ばかりでなく自らも認めることをいう」。

新明解国語辞典7版も同様に、「自任」を「ふさわしい資格(能力)を持っていると自分で思い込むこと」、「自認」は「(他者からの評価と同じように)自分でもそうであることを認めること」と説明しています。「自任」は「思い込む」、つまり単なるうぬぼれであるという可能性を大いに秘めており、対して「自認」は自分の判断が客観的判断と一致しているわけです。

自分の思うように評価されることは少なく、周囲から注がれる目は厳しいのが世の習い。だからこそ他者の評価と自分の評価が一致するのは、自分にとってマイナスのことばかり。それゆえ実際の文脈で「自認」が現れるのはネガティブな場面が目立つ――そんな事情も働いているかもしれません。

「自認」は広く使って問題なし

それでもここまで見てきたように、そしてアンケートの結果を踏まえても、マイナス評価に限定して使うべきだとはならないでしょう。最近の毎日新聞でも「『完璧主義者』を自認する」「『保守』を自認する」などという例が見つかりました。「自任」がよりふさわしいと思われる場面以外では、広く「自認」を使っても問題ないと判断します。

(2019年02月22日)

質問に際して

毎日新聞の用語集では「自任〔自負する〕大政治家を自任する」「自認〔自分の欠点や間違いなどを認める〕過失を自認する」という使い分けを定めています。新聞・通信社の用語集を見ると、「自任」についてはほぼ同様の説明で、アンケートの選択肢「役割や地位」については「自認」より「自任」がよいということになりそうです。

「自認」についてはやや相違があり、毎日のように基本的に良くないことについて使うとする社、内容を限定せず単に「自ら認める」としている社があります。ただし後者の場合でも、「過失を自認する」などマイナスの意味での用例を載せるものが目立ちます。その中で共同通信の用語集は「自認〔自覚する〕遅咲きを自認する、過失を自認する、性自認、勉強不足を自認する」としており、マイナスのことに限らない用例を示しています。

今回アンケートで伺おうと思ったのは、上の「性自認」という言葉が原稿によく登場するようになったため。「自らの性別への認識」のことですから、自負しているわけではありませんし、欠点でもありません。他に「負けず嫌いを自認する」など良い・悪いを一概に判断できないことにもしばしば使われます。そうすると毎日用語集の規定でよいものかと考えてしまいます。「自認」をマイナスの内容で使う、という感覚は一般的なのでしょうか。

(2019年02月04日)

スポンサーリンク

フォローすると最新情報が届きます

Twitter

おすすめ