「横綱に返り討ちにあう」を正しいとしたのは過半数、「いじめっ子を返り討ち」も3割が是認しました。本来の使い方に照らせば実はどちらも変なのですが、そう答えた人は4分の1にとどまりました。

「返り討ち」という言葉の使い方について伺いました。

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本来は「どちらもおかしい」が…

「返り討ち」の用法で正しいと思うのはどれですか?
新入幕で横綱に挑んだが返り討ちにあった 45.6%
体を鍛えて、ついにいじめっ子を返り討ちにした 19.8%
上のどちらも正しい 9.2%
上のどちらもおかしい 25.5%

本来の意味は「自分と関係のある人を殺傷した相手に復讐(ふくしゅう)をしようとして、逆にその相手に討たれること」、転じて「一般に、相手にしかえしをしようとして、逆にまたやっつけられること」(日本国語大辞典2版)なのですが、これに当てはまらない二つの例文がいずれもおかしいと考えた方は4分の1と少数派でした。

「横綱に返り討ちにあう」が正しいと考える人は過半数。朝日新聞校閲センター「常識として知っておきたい正しい日本語の練習」(2015年)では、このような「向かってきた者を逆に、やっつけること」という意味も辞書に載るようになり、「いずれ一般化するかもしれません」と書いていますが、その予想通りの傾向です。「いじめっ子を返り討ち」も予想より多い3割の人が是認しました。返り討ちにするのは本来いじめっ子側のはずなのですが、その逆の事象に「返り討ち」を使う方も一定数いるようです。

「かたき討ち」「復讐」が前提

本来の意味の「返り討ち」の前提として、親や主君のかたきを討とうとすることが必要です。大隈三好「敵討の歴史」は、かたき討ちは人情に基づき世界のどこでも見られるものであるが、「忠臣蔵」のように「敵討物が大衆に絶大な人気をもっているということは、敵討がいかにわが国民の至情と合致しているかを如実に物語っている」「わが国のように武士道を基盤とした武家政治のもとでは……独自の発展をなし、社会風俗の一つにまでなった」として、江戸時代に盛んにかたき討ちが行われ、人々の共感を呼んだことを示しています。

武士のかたき討ちは制度化されており、そのために暇をもらって何十年も相手を追いかけることさえあり、むしろ仕返しをしないことが恥であったそうです。そもそも「復讐をしようとしたが敗れた」という限定的な状況について「返り討ち」という言葉があること自体、日本のかたき討ち文化の強さを示すものかもしれません。

和英辞典の例文を見てみると、「返り討ちにする」ことを kill a person who is seeking revenge on one(復讐をしようとしている者を殺す)、「返り討ちにあう」ことを I was defeated again in the return game(リターンマッチで再び敗れた)などと表現しており、英語では一語で表現できるものではないようです。

しかし武士の時代は終わり明治時代、1873年には「敵討禁止令」が出されました。私刑でなく、国家による裁判を通しての処罰の時代となるわけです。かたき討ちは現実には縁遠く時代小説などの中だけのものとなり、「返り討ち」の元々のシチュエーションも意識されなくなっていったでしょう。またこの言葉の「返り」という部分から「追い返す」「やり返す」というようなイメージを持つため、今回のアンケートで挙げた例文のような場合でも「返り討ち」とされるようになってきているのかもしれません。

悲劇的ニュアンス生かしたい言葉

それでも「敵を倒せば大願成就であるが、武運拙なく敵に倒されるとなると、悲運もここに極まるものがある。……世にこれを返り討という」(同書)と書かれているように、積年の恨みを晴らそうと生活も捨てて命がけで挑んだ敵に敗れるのはまさに悲劇。現代においても、例えばスポーツで相手に雪辱せんがため必死に鍛錬を重ねたのに再び敗れるのは、敗者側には同様に悲劇でしょう。そうした経緯を含む「返り討ち」という語の本来の重さが生かされない使い方には少し残念な気もします。

 

(2018年01月15日)

質問に際して

辞書にある本来の意味は「自分と関係のある人を殺傷した相手に復讐(ふくしゅう)をしようとして、逆にその相手に討たれること」、転じて「一般に、相手にしかえしをしようとして、逆にまたやっつけられること」(日本国語大辞典2版)。12月は「忠臣蔵」の季節ですが、赤穂浪士の討ち入りがもし失敗していたら、志半ばで「返り討ちにあった」となるわけです。

だとすると選択肢に挙げた「横綱に挑んだが返り討ち」は、そもそも「仕返し」をしようとしてはいませんから本来の用法とは言えません。ただし三省堂国語辞典は2014年の7版で、単に「向かってきた者を、逆に討つこと」という意味を追加しました。確かに「襲ってきた暴漢を返り討ち」「振り込め詐欺にだまされたふりで返り討ち」など、この意味で使われるのはよく目にします。

しかしもう一つの「いじめっ子を返り討ち」は、やられていた相手に仕返しを遂げたということですから、「仕返しをしようとしたが負けた」という本来の意味の逆になってしまいます。それまで相性の良かったチームに3連敗して「完全に返り討ちにされた」と表現したスポーツ記事もありましたが、「以前勝っていたのはどっち?」と混乱してしまいそうです。

要するに、例示した文はどちらも伝統的な用法からは外れているのですが、皆さんはどう感じたでしょうか。

(2018年12月27日)

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