3分の2が、感動した場合にも「鳥肌が立つ」を使うと答えました。新聞・通信社の用語集の中にも、「恐ろしさや寒さ」で使うのが本来という注意喚起をやめたものがでてきています。

「鳥肌が立つ」という言い回しの使い方について伺いました。

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3分の2が、感動した場合にも「鳥肌が立つ」

寒くなくとも「鳥肌が立つ」と言う時はありますが……どう使いますか?
総毛立つほど恐ろしい時 33.1%
感動でぞくぞくする時 18.1%
どちらにも使う 48.7%

 

「どちらにも使う」が半数近くを占めました。「感動」のみを答えた人も含めると、3分の2が感動した場合にも「鳥肌が立つ」を使うと答えており、こうした用法も社会的に受け入れられてきていると言えそうです。

2015年度の文化庁「国語に関する世論調査」にも同様の質問がありました。

・あまりのすばらしさに鳥肌が立った
・あまりの恐ろしさに鳥肌が立った

上記二つのどちらを使うかという問いです。結果は、両方の場合に使う人を含め、「すばらしさ」が62.6%、「恐ろしさ」が56.6%と、文化庁が「比較的新しい使い方とされる」という「すばらしさ」についての用法が、むしろ旧来の用法を上回っています。

「鳥肌が立つ」というのは身体的反応で、誰にも経験があることのはず。質問に答えた人も、自分自身の体験に即して「恐ろしさ」のみならず「すばらしさ」に対しても鳥肌は立つものだと考えた結果、このような割合になったのでしょう。その体験がお互いに理解できるものであるなら、言葉の使い方が広がっていくのは無理のないことと考えられます。

アンケートに答えると表示される解説では、日本新聞協会の新聞用語集(2007年)が「鳥肌が立つ」について慎重な使い方を求めていることを紹介しました。改めて引くと以下の通り。「恐ろしさや寒さのために皮膚がざらつく状態を指すのが本来の意味。最近、感動・興奮の表現としても用いられるようになり、採用する辞書も出てきた。しかしまだ違和感を持つ人も少なくないので感動表現で使うことは慎重にしたい」。「まだ違和感を持つ人も……」の「まだ」は現在においても当てはまるものでしょうか。

10年代後半に出版された新聞・通信社の用語集5点のうち2点は、既に「鳥肌が立つ」の用法について注意喚起するのをやめています。辞書の中では、新しい用法をいち早く認める三省堂国語辞典(7版、14年)が、「鳥肌が立つ」について「ぞくぞくするくらい感動する」との語釈とともに「一九八〇年代後半からの言い方」と記しています。また、日本国語大辞典2版(00~02年)は「鳥肌が立つ」の用例で小林多喜二の「不在地主」(1929年)から、「健は身体に鳥膚(とりはだ)が立つ程興奮を感じた」というくだりを引いています。小作争議の相談をする主人公たちのもとに、より貧しい家から食べ物を贈られる場面でのこと。この「興奮」は恐怖よりは感動に近いのではないでしょうか。少なくとも、「鳥肌」は恐怖や寒さによるものだけではないということは、相当以前から分かっていたはずです。

先ごろ報道された2017年度の「国語に関する世論調査」の結果について、文化庁は「言葉は時代とともに変容する。本来の意味から派生した使われ方も誤りとまでは言えない」とコメントしたとのこと。「鳥肌が立つ」の用法に広がりが目立つようになったのも「誤り」ではなく、自然な変容として受け止めることができるのではないでしょうか。

(2018年10月02日)

質問に際して

日本新聞協会の「新聞用語集」(2007年)は「鳥肌が立つ」について「恐ろしさや寒さのために皮膚がざらつく状態を指すのが本来の意味。最近、感動・興奮の表現としても用いられるようになり、採用する辞書も出てきた。しかしまだ違和感を持つ人も少なくないので感動表現で使うことは慎重にしたい」としています。毎日新聞の用語のルールもそれに倣ったものになっており、感動した場合に使うことは基本的に避けています。

一方、「採用する辞書」の一つ岩波国語辞典は、2000年の6版で既に「近ごろは、感激の場合にも言う」と記しています。三省堂国語辞典も01年の5版では「鳥肌が立つほどの名演技」を用例に挙げており、00年代初めには寒さや恐怖以外の用法を認めてもよいのでは、という動きが出ています。新聞社などの用語集でも「鳥肌が立つ」の用法について特に限定していないものがあり、感動表現に使うのを自制する理由として挙げられた「違和感を持つ人」はだいぶ減っているのではないでしょうか。皆さんの使用実態についても伺いたいと、改めてアンケートを取ってみました。

(2018年10月02日)

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