「悲喜こもごも」は、1人の身の上に起こることと考えるのが伝統的な用法とされますが、当落発表や合格発表のような場面を思い浮かべる人が多いようです。

「悲喜こもごも」という言葉の使い方について伺いました。

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「悲喜こもごも」は本来ではない使い方が優勢

「悲喜こもごも」という言葉、どう使いますか?
喜ぶ人と悲しむ人が入り交じる 47.7%
喜びと悲しみが交互に訪れる 40.9%
どちらの意味でも使う 11.4%

 

「入り交じる」がやや優勢で5割弱、辞書などで本来の使い方とされる「交互に訪れる」が4割という結果でした。「入り交じる」が優勢なのは、当落発表や合格発表のような場面を思い浮かべる人が多いからでしょう。

「こもごも」という言葉だけをみるなら、辞書においても、両方の使い方が許容されそうな意味が載っています。大辞林3版では「①代わる代わる。次々。②各々。それぞれ」と意味を説明。「代わる代わる」なら「交互に訪れる」、「それぞれ」なら「入り交じる」となりそうです。

ただし「悲喜こもごも」の場合は、「悲喜こもごも至る」と使われるように、1人の身の上に起こることと考えるのが伝統的な用法とされます。

NHKの「ことばのハンドブック第2版」(2005年)では、

入学試験合格者発表関係のニュースで、「~悲喜こもごもの風景でした」と表現するのは適切でない。「悲喜こもごも」は1人の人の心境について言う場合に使う。「喜ぶ人もあり悲しむ人もあり、さまざまな情景でした」などとすればよい。

としています。もっともその後でさらに「こういう古めかしい成句はなるべく使わない」と言っているのが、放送らしいところでしょうか。耳で聞いて分かりやすいことを大事にするなら、日常あまり使わない「悲喜こもごも」は推奨できないということのようです。

アンケートに答えてくれた人たちも実際のところは、こうした「古めかしい成句」はあまり使わないかもしれません。しかし人生には悲しみも喜びも付きものであり、それらがかたみに入れ替わり訪れるのも事実です。そうしたことを一言で言い表せる「悲喜こもごも」というのはなかなか便利ですし、今後も使い続けてよい言葉ではないかと思います。

ただし、アンケートの結果から見るに、使い方には少々注意をお願いしたいところではあります。

(2018年04月27日)

質問に際して

この言葉は「悲喜こもごも至る」という形で多く使われていました。悲しみと喜びが代わる代わるやってくる、という意味。この形を略したものが「悲喜こもごも」だとすれば、一人の身の上に起こることと理解するのが自然でしょう。

大辞泉(第2版)は「悲喜交交(こもごも)」の項目で「補説」として、「一人の人間が喜びと悲しみを味わうことであり、『悲喜交々の当落発表』のように『喜ぶ人と悲しむ人が入り乱れる』の意で使うのは誤り」と言い切っています。

もっとも新聞でも、例えばプロ野球のドラフト会議で「悲喜こもごもの監督たち」のような使い方を見かけます。「喜ぶ人と悲しむ人が入り乱れる」という用法は私たちの日常に食い込んできているようです。

しかし、校閲記者としてはそうした使い方を推奨はできません。基本的には辞書の説明に沿った用法をおすすめします。

(2018年04月09日)

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