地域ごとに複数のバージョンが発行される新聞。載っているのは同じ記事でも、よく見ると名称や表記が微妙に変わっていることがあります。マック・マクドから本社ごとの校閲文化の違いによるものまで、新聞の「ローカルルール」事情の一端を紹介します。

トランプの大富豪をご存じでしょうか。米国の前大統領(大富豪のトランプ)ではなく、カードゲームです。一般社団法人・日本大富豪連盟の公式サイトでは「革命」「8切り」「都落ち」「スートしばり」「スペ3返し」が5大公式ルールとして定められています。

一方で、大富豪といえば「ローカルルール」。5大公式ルール以外で私が知っているのは「イレブンバック」「最初の手はハートの3」くらいでしたが、ウェブ検索をしてみると出るわ出るわ、「砂嵐」「5飛び」「7渡し」「10捨て」……。この勢いでいくとカード一枚一枚に役割があってもおかしくないのではないか、もはや大富豪ではない別のゲームなのではないか、と思うほどです。

新聞製作においても、東京本社だけで紙面編集作業をしているわけではない以上、ローカルルールが存在します。校閲が原稿を校了する端末と編集者が紙面を組む端末は別なので、校閲から編集者に直しを依頼したりすることで本社ごとの「ローカル直し」も可能です。

地域による呼び方の違い

新聞記事の見出しは、字数の制約がある中でつけられています。それぞれの紙面で編集者が見出しを考えてつけた際は、略称などに地域差が表れることがあります。

マクドナルド

東京本社版(上)と大阪本社版

 

どちらも2016年929日付朝刊の記事から。近畿は「マクド」――。ご存じ「マクドナルド」の略称が地域によって違うことが見出しに表れています。近年は製作工程の都合もあり、東京が「マック」としてきたものをそのまま使うことも多くなっています。


イカナゴ

東京本社版(左)と大阪本社版

 

どちらも11415日付夕刊の記事から。関西圏では「コウナゴ」のことを「イカナゴ」と呼ぶのが一般的とされます。東京の「コウナゴ」に対して、大阪本社は記事本文の初出を「コウナゴ(イカナゴ)」とし、見出しも堂々の「イカナゴ」表記です。最近は、肝心のコウナゴに関する原稿の校閲をする機会が少ないのですが……。

現地の表記を優先

「辺」「崎」のように複数の字体が存在する字については、表記の過度な混在を避けるため原則とする字体が決まっています。そのうえで、現地で使われる別の字体が優先されることも。

奈良県葛城市

東京本社版(①、左)と大阪本社版(②)

 

大阪で15年4月25日付朝刊に掲載された後、東京でも同日の夕刊に掲載された記事です。奈良県葛城市の「葛」は、以前は大阪以外が①を、大阪だけは市の公式表記である②を使っていました。字体としては①が正字(原則の字体)で、②は俗字にあたります。以前の電子媒体の環境では②の字体が一般的だったこともあり、俗字での表記を大阪は守ってきました。このように表記が本社で分かれていたため、どこかの本社でローカル直しが発生していました。

環境も変わり、パソコンでの表示も①が一般的になった現在は、全本社で①に統一されています。今となってはローカル直しが発生することはありません。

なお、どちらの字体を使うべきかというのはあくまでも新聞紙面上の話であり、日常生活ではどちらの字を使っても構いません。


鹿児島県薩摩川内市

東京本社版(①、左)と西部本社版(②)

 

どちらも11年8月21日付朝刊の記事です。「薩」の紙面での字体は①が原則ですが、「鹿児島県薩摩川内市」については、以前は現地の西部本社(九州・山口など)のみ②を使っていました(「産」の部分が違います)。これも現在は「葛城市」と同じく①の字に統一されています。


祇園

東京本社版(左)と西部本社版

 

どちらも17年7月22日付夕刊掲載の、「日田祇園祭」(大分県)に関する記事です。「祇」の字体は、紙面では「ネ+氏」を使うのが原則です。ただし、「博多」「小倉」「日田」の祇園は西部のみ「示+氏」を使います。さらに、ローカルルール以前の問題ですが、「氏」の下に横棒が入った「祗」は別字。目をこらさないと見逃してしまいそうです。これらのことから、「祇」は出てきた瞬間にどうしても意識してしまう字といえます。

「直す」「直さない」の感覚の違いも

新聞校閲は複数人が目を通すのが原則なので、ルールで決まっていない事柄について「直す」「直さなくていい」の判断が分かれることはよくあります。初校者・再校者で分かれるのはもちろん、本社で分かれることもあります。

口を突いて出る

東京本社版(左)と大阪本社版

 

どちらも14328日付夕刊の記事から。「口を突いて出る」は「口から言葉が止まることなく出る」(広辞苑)という意味の慣用句ですが、「口を突く」でも可です。

大阪では以前、ベテラン校閲者を中心に「口を突く」を「口を突いて出る」に直していましたが、近年は人の入れ替わりが進んだこともあり、校了済みの原稿にローカル直しを入れることまではしなくなりました。

「新語に強い」三省堂国語辞典の8版は「『口をつく』のような形でも使う」と説明しています。


平屋建て

東京本社版(左)と西部本社版

 

どちらも1837日付夕刊の記事から。西部では、「平屋建て」という表現は重言であるという考え方をしています。「平屋」と書いた時点で「1層の建物」、いわば「1階建て」であることは明らかだからです。西部では「建て」を取るローカル直しをして「平屋」としています。

とはいえ、「どういうふうに建てられたのか」を伝えるために「平屋建て」と書くのが適切だと思われる例もあります。

15年1117日付朝刊の記事から。これは単純に「平屋」に直しづらい気がします。無理にでも直すなら「約180平方メートルの平屋で」とでもすればいいのでしょうが……。

ちなみに、毎日新聞用語集(赤本)には用字用語の項に「平屋建て」という用例があります。

文字を削除する記号は…

11年秋に東京から大阪に異動した私が驚いたのが、「ヌキ」という校正記号です。

「トル」(左)と「ヌキ」

 

赤い字はどちらも「文字を削除する」という意味。東京で「トル」と書くところを、大阪では「ヌキ」と書く人が多かったのです。トルの方が校正記号として一般的なので、校正記号のローカルルールといえるでしょう。ここではご紹介できませんが、ヌキの書き方もまた人によって千差万別でした。

ヌキは主にベテラン校閲者が使っていて、私も書きやすさを考えてトルからヌキに〝くら替え〟しました……が、近年は大阪でもトルが主流になっています。ひと昔前に比べると大阪にも若手が増えたことが影響しているのでしょう。

私事ですが、ヌキと書いたはずが「何か直そうとして直すのをやめた」と思われてうまく伝わらなかったことが複数回ありました。いくら書きやすくても、相手に正しく伝わらなければ意味がありません。トルに再くら替えしようかと考えているところです。 

最後に

他の人が「OK」を出した原稿に直しを入れなければならないということもあり、ローカルルールを適用する際は少し肩身の狭い思いをすることになります。今回ご紹介したものに限らず、地域差・個人の感覚の差がある表現について検討するときに、「この書き方一つでどの地域の誰にでも誤解なく通じる」という〝魔法の言葉〟が辞書に載っていれば校閲者としては困らないのですが、そう簡単にはいかないのが悩ましいところです。

【武田晃典】

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