「一度立ち止まって考える機会があって良かった」と書かれていたのを「……あってよかった」と平仮名に直しました。ただ、この文なら常に平仮名が適切というわけでもありません。「良い」と「よい」など漢字と平仮名を使い分けることで、読みやすさにつながります。

 

新聞では、漢字の意味が薄れた場合は平仮名で表記しています。写真のような場合は「あってよかった」と平仮名で書く方が良いだろうと判断しました。しかし常に平仮名で書くべきだというわけではありません。理由を説明します。

正反対の意味になりうる

まず逆に、どういう場合なら「良い」と漢字を使うか考えてみます。「体調が良い」「仲が良い」などのように、「悪い」とはっきり対比されるような意味で用いるなら漢字で書くと分かりやすいでしょう。つまりは英語のbadと対比されるgoodの意味で「良い」を使う場合は漢字で書くと明快です。

写真の文に戻りましょう。「立ち止まって考える機会があって良かった」。文脈を無視して切り取ると、2通りに解釈可能であるのがわかるでしょうか。

(1)立ち止まって考える機会があった。だから良かった。

(2)立ち止まって考える機会はなかったが、あってもよかったのではないか。

他に例を挙げれば、

(1)「家にまだ食べ物があって良かった」(=家にまだ食べ物があった。だから良かった)

(2)「遅刻に対して一言謝罪があってよかった」(=遅刻したのに謝罪がなかったが、あってもよかったのではないか)

このように同じ「あってよかった」でも、実際にあったかなかったか、正反対の意味になりうるのです。文脈からどちらなのか判断しなければなりません。今回の写真の文章を読めば、直後に「しかし……それは難しい」とある通り、実際には立ち止まって考える機会はありませんでした。(2)の意味となるわけです。

「明確にgood」か「許容範囲」か

さてこの(1)タイプと(2)タイプを比べてみると、(1)タイプは明確にgoodの意味が出ています。漢字で書くと意味がはっきりするでしょう。対して(2)タイプはそうではありません。「あって(も)よかった」という書き方は、「あった方が良かった」とはっきり書くよりも、控えめにその可能性を指摘するニュアンスが感じられます。明快なgoodの意味ではなく、「つらかったら逃げて(も)よい」のように、許容される、OKだという意味で「よい」が使われているのです。

明鏡国語辞典3版で「よい」を引くと、普通の形容詞ではなく「補助形容詞」という扱いで次の説明があります。

<「て[で]よい」「て[で]もよい」などの形で>許容・許可の意を表す。…て(も)かまわない。…て(も)差し支えない。「もう帰ってー」「願いがかなうなら死んでもー」「しばらく借りてもーか」「昼食はウナギでー」

(2)タイプはこの意味に当てはまります。そして明鏡では、「良い」という漢字表記は「優れる意で使うほか、広く使う」のに対して、上の補助形容詞については「一般にかな書き」と説明されています。

つまりこの(2)タイプの「よい」は、漢字の意味が薄れており、独立して強いgoodの意味を持っているわけではありません。以上が今回「あって良かった」を「あってよかった」と平仮名にした理由です。

読みやすさにつながるルール

漢字と平仮名を使い分けなければ間違いだということもありませんし、不都合が起きることはほぼないでしょう。しかし読者としては、表意文字である漢字から受けるイメージと表音文字である平仮名から受けるイメージは異なるはず。そこを踏まえて、はっきりと意味を出す場合は漢字、そうでない場合は平仮名、と使い分けるのは読みやすさに資するところがあるのではないかーーそんな考え方で、新聞ではこんな細かいルールを定めているのです。「~して欲しい」とせず「~してほしい」と書き、「~と言うわけだ」とせず「~というわけだ」と書くのも同じ考え方に基づいています。

【林弦】

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