「死ぬ」の言い換え「不帰の人になる」は「不帰の客になる」に直すことになっていますが、「不帰の人」を載せる辞書もあります。本などに使用例もあります。そもそも「帰らぬ人」はよくて「不帰の人」が不適切という根拠がよくわかりません。機械的に直してよいでしょうか。

 

年末には新聞、テレビとも「今年亡くなった方々」の特集が組まれます。若いうちは「誰この人?」という人がほとんどだったのが、年を取るにつれ、自分が若いときに作品や電波などを通じて親しんできた人の名前が増えてきます。それをしみじみと感じるのが年を取るということなのでしょう。

ちなみに「亡くなられた」という表現は正しいかと聞かれたことがあります。「亡くなる」を敬語と解釈すると「亡くなられる」は二重敬語となりますが、「亡くなる」は敬語ではなく婉曲(えんきょく)表現、つまり「死」という言葉を避けた言い回しです。二重敬語というなら「お亡くなりになられる」です。

「死ぬ」の言い換え語は数知れず

さて、非科学的とわかっていながら「言霊」を恐れる心理というのは「死」に関して特に強く作用しています。「死」の言い換え語は枚挙にいとまがありません。

「明鏡国語辞典」3版はコラム欄が充実していますので「死ぬ」の項の付記とコラム欄から、「死ぬ」の言い換えを羅列しましょう。

逝く 永眠 往生 事切れる 先立つ 昇天 成仏 逝去 他界 入寂 眠る 果てる 崩御 没する 身罷(まか)る 瞑(めい)する 世を去る

命を落とす 命が絶える 息を引き取る 息が絶える 心臓が止まる 瞳孔が開く 目をつぶる 冷たくなる (この)世を去る 永遠の眠りに就く 仏になる 骨になる 骨と化す 灰になる 灰と化す 土になる 土に帰る 煙になる 煙と化す 鳥部野(とりべの)[鳥部山(とりべやま)]の煙となる 星となる お陀仏(だぶつ)になる はかなくなる むなしくなる 一巻の終わり(となる)

亡き数に入る 鬼籍(鬼簿)に入る 不帰[黄泉]の客となる 帰らぬ人[不帰の人/天上の人/あの世の人]となる……

まだまだ続きますが、ここで「おやっ」と思いました。「不帰の人」がある……。

「不帰の人」は「避けたい」とあるが…

毎日新聞用語集では「不帰の人となる→不帰の客となる」として、「不帰の人」は避けるように促しています。明鏡国語辞典は誤用に厳しい印象がありますが、これは許容しているのでしょうか。「不帰」の項を見てみます。「注意」欄にはこうありました。

「帰らぬ人となる」と混同した「不帰の人となる」は避けたい

「避けたい」とは微妙ですね。この辞書は誤字・誤用には「誤り」とはっきり書くのが特長ですが、「本当は間違いなのだけれど、実際よく使われている」という位置づけなのでしょうか。

 

電子図書館「青空文庫」で「不帰」を検索すると、永井荷風「江戸芸術論」をはじめ、ほとんど「不帰の客」が出てきます。伝統的には「不帰の客」が使われていたことが明らかです。では今はどうでしょう。例えばこんな文章があります。

地球教徒の陰謀によって、ヤン・ウェンリーは不帰の人となった……。否応なく、彼の遺髪を継ぐ立場になったユリアン・ミンツは、魔術師の死に涙する暇(いとま)を許されなかった。

トクマノベルズ版の田中芳樹「銀河英雄伝説9」のカバーに付された紹介文です。本文を読み返しましたが、少なくとも9巻にその文言は見当たらず、おそらく編集者が書いた文章でしょう。

さて「遺髪を継ぐ」は「衣鉢を継ぐ」の誤りと思いますが、「不帰の人」は誤りと決めつけられるでしょうか。

日本語独自の結びつきか

そもそも、なぜ「帰らぬ人」というのに「不帰の客」となるのでしょう。「帰らぬ客となる」とはいいませんね。「帰らぬ客」というと居座ってなかなか帰らない客人というイメージが浮かびます。まるで現世にとどまっているかのようです。

漢文か何かの用例があるのか漢和辞典を何種か調べましたが、出典を示したものが見つかりません。ただ「学研漢和大字典」で「不帰」を見ると

①二度と帰らない。②〔国〕「不帰の客となる」とは、死ぬこと。▽ふたたび、この世に帰らない旅に出た人になるの意

とあり、出典の代わりに〔国〕の文字が。つまり「不帰」と「客」が結びつくのは日本独自の慣用ということになります。

思い起こされるのは、「仮の宿」という言葉です。現世はかりそめの宿にすぎないという無常観に基づく言葉で、人間はその現世に一時的に宿を取っている旅人と考えると、あの世へ旅立つことを「不帰の客となる」というのも納得できます。

機械的に直すより「帰らぬ人」を提案しては

ただ、だからといって「不帰の人」が間違いといわれると、その根拠がよく分かりません。明確な出典があるならともかく、辞書に「不帰の客」の用例が載っているだけでは、「不帰の人」を不適切としているからなのか、たまたまその例が少ないから載せないだけなのか、判断がつきかねます。「明鏡」が明確に「誤り」としなかったのも、そのためらいがあったのかもしれません。

先日も毎日新聞で、ある外部ライターが使った「不帰の人」が紙面化されました。筆者と交渉し「不帰の客」に直すこともできたかもしれませんが、もし不満を示された場合、きちんと説得できる材料を持っているか、いささか心もとない気がします。

ただ、ちょっと気取った印象がしないでもない「不帰」という言い回しをどうしても使いたい筆者がそんなにいるとも思えません。「不帰の客」に直すのに抵抗を感じるのであれば、「帰らぬ人となる」とすればどうでしょう。少なくとも、機械的に「客」に直すよりは受け入れられやすいのではないでしょうか。

それでなくとも、日本語には「死ぬ」の言い換え語が数え切れないほどあるのですから、問題のありそうな「不帰」にこだわることはないと思います。

【岩佐義樹】

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