辞書界のちょっとした有名人、ながさわさんが書かれた「比べて愉しい国語辞書ディープな読み方」(河出書房新社)。どんな面白おかしい仕掛けがあるのだろうと思いましたが、読んでみると、緻密に辞書を引き比べたデータがまとめられており大変参考になる本でした。

 

有名な「一利用者」ながさわさん

 これまで、辞書編集者や辞書ファンたちを紹介してきましたが、まだまだ辞書界には紹介すべき方がいます。その一人、ながさわさんが「比べて愉しい国語辞書ディープな読み方」(河出書房新社)という本を出したので、読んでみました。

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 ながさわさんは研究者でも辞書編集者でもなく、「辞書の一利用者」(同書「おわりに」より)ですが、辞書界ではちょっとした有名人です。以前、後輩と行ったトークイベントの中でもながさわさんのつくった“国語辞書路線図”が紹介されていました。

 

 

 こんな図をつくってしまう方なので、この本にはどんな面白おかしい仕掛けがあるのだろうと思いましたが、読んでみると、緻密に辞書を引き比べた「硬派な」本だという印象を受けました。

データで示す各辞書の得意分野

 全般にわたって国語辞典は皆同じではない、多数引き比べてほしい――と訴えています。もちろん辞書愛が満ち満ちていますが、一方で、きっちり引き比べてデータを示すことで、それぞれの特徴をあぶり出すという作業をしています。20もの表があり、立項状況(言葉の項目が立てられているか否か)などをまとめています。

 2018年1月刊行の広辞苑7版の新加項目のうち60語について、その時点で他の14の辞書に立項されているかどうかを調べた表があります。この4ページにわたる“大作”からは、ほぼすべての語がいずれかの辞書にすでに載っていたことがわかり、ながさわさんは広辞苑に載った新語は「新語の立項にやや慎重な姿勢の辞書である『広辞苑』にまで載った新語」であると述べました。

 

 また、「中型辞書より小型辞書の方が新語を採録しやすい」という「常識」について、先の表で中型の広辞苑より早く立項していた小型辞書は三省堂国語辞典以外に特に目立たず、むしろ中型の大辞林、大辞泉の方が多いことを示しました。これもまた広辞苑の改訂サイクルを表で見せ、小型辞書と大差ないくらいに「小回りが利く」ことを示しました。

 新語にばかり注目しているわけではありません。明治の文学作品から「朝餉(あさがれい)」「店がかり」など今はあまり目にしない語を挙げ、現代の小説から「ダダ漏れ」「レバレッジ」などを挙げ、いずれも16の辞書の立項状況を調べることで、各辞書の得意分野を明るみに出しました。

新聞が「誤り」とする語は…

 ところで、この本を読む前に目次だけ見たところ、校閲記者として目を引く項がありました。「一姫二太郎」「押しも押されぬ→押しも押されもせぬ」「元旦」などが挙げられており、お、「毎日新聞用語集」で「誤りやすい慣用語句」として取り上げているものがあるなと思ったのです。読んでみると、それもそのはず、同じく新聞社の用語集である「朝日新聞の用語の手引」で「誤り」とされる語から抜粋して検証していました。

 

 「一姫二太郎」は本来、子供の生まれる理想的な順番のことをいいますが、女の子1人、男の子2人が理想的という意味に使われることがあり、毎日新聞では本来の使い方以外はしないようにしています。ながさわさんは「辞書によって見解がこれほどきれいに二分される表現もないのではないか」と言います。広辞苑ははっきり「子は女児一人男児二人の三人持つのが望ましいと解するのは誤り」と書いていますが、三省堂国語辞典や新明解国語辞典は「俗に」としつつ「女の子1人、男の子2人」のことも言うと書かれています。

 「元旦」の方が衝撃的でした。「旦」は「夜明け」「朝」の意味なので、毎日新聞用語集では「元旦の夜」→「元日の夜」のように直すことにしています。

 ながさわさんの調べの中で、例えば大辞泉は「『元旦』を『元日』の意味で使うのは誤り」という注記を入れているのに、語釈本文には「元日の朝。元朝。また、元日」と「書いてあるのは何なんでしょうか」と突っ込みを入れています。明鏡国語辞典でも「元旦の昼」「元旦の夜」を「矛盾表現」としながら、語釈の②で「元日」も挙げているというところに「悩んでしまいます」と言っています。

 「俗に」もなしに「元日」を加えている辞書もあるため、ながさわさんは「正誤を判断するのは簡単ではありません」。

 

緻密な引き比べ、参考になる

 新聞は不特定多数の人に読まれるものであり、できるだけ多くの人に違和感のないような表記を目指しています。ですからこうした言葉でも、本来の使い方を守っていればおおむね安心です。とはいえ、誤解を生むようなことになってはいけませんし、用語集改訂などの機会のたびに見直しているので、ながさわさんのように、もっと辞書を見比べて検討していかなければと思いました。

 ほかにも、「効く」「利く」といった校閲記者がよく迷う書き分けについて5ページにわたって解説していたりして、非常に参考になりました。

 

 とにかく「硬派な」この本を、すっかり楽しんでしまいました。ながさわさんは「なぞの人物」で構わないのですが、いつかお会いしてお礼を言いつつ、国語辞典についておしゃべりしてみたいなと思います。

【平山泉】

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平山泉 1992年入社、2006~08年の大阪時代を含め一貫して校閲記者を務める。現在は用語幹事兼校閲センター東京グループ副部長。早稲田大学第一文学部日本文学専修(国語学)卒。18年に「国語辞典ナイト」に出演するなど講座・イベントにも積極的に取り組み、校閲や辞書、日本語についての発信を続ける。(担当した記事の一覧はこちら

 

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