明鏡国語辞典3版の「拡大版」が発売されました。文字が大きく、見やすさが実感できる辞書の拡大版は製本などの難しさがありますが、根強い要望・支持があり、各社はさまざまな工夫で読みやすさを追求しています。

「拡大した校正紙の見やすさ」

 6月9日、「大きな文字 二色刷り 明鏡国語辞典 第3版」が刊行されました。明鏡国語辞典の拡大版です。(公式サイトはこちら

 明鏡3版の編集に携わった大修館書店企画推進部の松岡澪さんによると、3版が刊行されてから拡大版もぜひ出してほしいという要望がかなり寄せられたそうです。「通常版も持っているけれども、家で使うために大きな文字のものがほしい」という声まであったとのことです。

 通常版(B6判)と内容やレイアウトは変えずにそのまま判型を拡大したので、編集上はほとんど手を入れていないものの、最も時間をかけて検討したのはどれくらいの大きさにするかだったといいます。筆者(平山)などは2版にも拡大版はあったのだから同じ大きさにすればよいのではと思ってしまいますが、改めて見直すのですね。

 松岡さんによると、通常版の3版でもレイアウトの工夫などにより「見やすい」「探しやすい」「引くのがおっくうにならない」といった評価があり、拡大版もさらに見やすくしたいという考え方だったそうです。

 編集作業の中で1.5倍くらいに拡大した校正紙を使うことがあるそうですが、松岡さんの同僚がそれを見て「この大きさだったらもっと読みやすいね」と言ったことがありました。松岡さんはこのことを思い出したのです。この読みやすさをそのまま読者に届けられたら――。

 そこで、2版の拡大版(A5判)よりも大きいB5判にすることを決めました。より大きい方が、図書館に置いて使ってもらいやすいという判断もあったそうです。

問題はコスト 工夫重ねて実現

 拡大版をつくるには、どうしてもコストの問題があります。

 松岡さんたちが一番悩んだのは、通常版と同じ2色刷りが実現できるかどうか。3版で初めて2色刷りにし、詳しい表記の使い分けや言葉の使い方の解説がよりわかりやすく見やすくなりました。とはいえ、2000ページ近い書籍を2色で印刷するのと1色で印刷するのとでは製作費が大きく違うのです。「製作部門にいろいろと試算もしてもらって、かなり厳しい数字が出ましたが、販売部とも相談して最終的には2色刷りにしました」と松岡さん。読者から寄せられた3版のレイアウトへの評価の声が、編集部の決断を後押ししたそうです。

 また、拡大版では通常版の少し黄みがかった紙よりも白い紙を使ったため、文字がさらにくっきりと見えるようになったとのことです。

 製本では「並製」が採用されました。通常版の「上製」よりも価格を抑えることができるものの、ページ数が多くて判型も大きな辞書の場合、耐久性の面などで製作上の配慮が必要になります。そこを、明鏡2版の拡大版や同社の「ジーニアス英和辞典」の机上版などでの経験を製作部門が生かしてくれたそうです。社内の各部門がこの拡大版に協力したことで実現したわけです。コストの点だけでなく、並製は本の開きがよいためページの内側の文字が読みやすくなるという利点も生まれました。

 これだけ大型でページ数の多いものを製本できるかどうかという課題についても、製作部門にできるだけ薄く、裏に文字が透けず、コストに見合う紙を探してもらい、製本可能な厚さに収めたのだそうです。

 筆者も実物を手に取りました。比較できるような写真は見ていたのですが、実物はもっと大きく感じてびっくり。見やすさを実感し、さらに「開きがよい」ということもわかりました。これなら内側の行まできれいにコピーできます。そして、この大きさの割に意外と重くないことにも驚きました。

 松岡さんからは「電子辞書もとても便利ですが、紙の辞書には紙の辞書ならではのメリットや学習的な効果があることを、今回の明鏡3版の編集で改めて感じました。より大きく、見やすくなった拡大版が、じっくり言葉の世界と向き合うときの一助となれば幸いです」というコメントをいただきました。

 筆者はこれまで、辞書の拡大版については特に気にしたことがありませんでした。要望が多いということは、新聞が文字を拡大してきた歴史と重なるようにも思います。ほかの国語辞典でも拡大版が出ています。

2分冊の広辞苑「机上版」も人気

 広辞苑には「机上版」と呼ぶ拡大版があります。小型辞書と違ってもともと大きいので単純に大きくすればよいというわけでもなさそう……。岩波書店辞典編集部の平木靖成さんに伺いました。

 広辞苑の机上版は1976年の「第2版補訂版」からとのことで、随分古くからと感じます。6版からは2分冊にしています。筆者は分かれていると使いにくいと思いますし、岩波の社内でも以前は慎重論があったそうですが、6版で「机上版は重たくて持てない」という読者の声に応えて2分冊にしたところ、机上版のアンケート(読者カード)では分冊について9割方が「持ちやすくていい」といった賛成の声だったそうです。そのため、7版でも2分冊の路線を踏襲しました。

広辞苑7版(いずれも付録がセットになっている)。右が2分冊の机上版

 

 考えてみれば、筆者のように「筋道」を開いたり「道筋」を開いたりしていると分冊は面倒ですが、一つの語を見るために辞書を手に取るものならば分冊でもあまり困らないのでしょう。年配の方なら持ちやすさも重要です。

 「『机上』版だからね」と平木さん。確かに、机の上に置いておいてねっていうのはうまい呼び方だったなと思います。

 分冊は、単に半分にざくっと切ればできるなんていうわけがなく、編集上の作業が生じます。

 書籍には用紙の「折り」の問題があり、ページ数は32(通常の書籍は1折りが16ページですが、薄紙の辞典なので32ページだそうです)の倍数に収めなければなりません。そもそも3000ページ以上ある広辞苑をその倍数のページ数で収めるために苦労があるわけですが、さらに2分冊にするにはまたそれぞれを32の倍数のページ数にしなければならないのです。それを、それぞれ空白の部分がなくなるように「折り返し」を解除するそうです。折り返しは最後の数文字を前の項目の最後の空白に折り返して収めている箇所のことです。

広辞苑の「折り返し」

 

 こうして編集上でも手をかけてつくられる机上版ですが、「通常版4:机上版1」くらいの比率で売れるそうで、机上版の割合の高さが意外でした。「一家に一冊」ともいわれる広辞苑ならではということかもしれません。

 通常版と机上版とでは売れ方にも違いがあり、予約段階では上記の4:1以上に机上版の割合が高いのですが、それ以降の毎年の売り上げは通常版の方が堅調だそうです。購入者の年齢層まではわかりませんが、年配の方が買うことが多いからという可能性も考えられるそうです。5版、6版、7版と、机上版の割合が少しずつ高くなっているそうですが、読者における年配の方の割合が高くなっているからではないかと思いました。

 岩波には小型辞書である岩波国語辞典もあります。こちらにも「デスク版」と呼ぶ拡大版があったそうですが、2009年の7版(現在は8版)で活字を大きくしたのでデスク版はやめたとのことでした。

新明解は「机上版」と「大字版」

 まだまだほかにも拡大版はあります。例えば、小型国語辞典で最も売れている新明解国語辞典には「机上版」(A5判)だけでなくさらに大きい「大字版」(B5判)があります。

 

 三省堂国語辞典も「大字版」(B5判)を出しています。

 

 

 三省堂辞書出版部の山本康一部長によれば、やはりシニアの方の強い要望に応えてのこと。造本の仕方を変えたり、2色から1色にしたり、低コストの資材を使ったり……と工夫を重ねて価格を抑えているそうで、読みやすい辞書を提供しなければという気概がうかがえます。

 同社では最近も「大きな字で読む常用辞典 国語・カタカナ語」の2版が出たそうで、「読みやすい辞書」をさまざまに追求しているのですね。

 

 限られた紙の上に文字として情報をのせる辞書と新聞。文字が大きい方が見やすいけれど、情報はできるだけ多く入れたい。新聞は紙を大きくできない、辞書も重くはできない、それでもなんとか読者に読みやすいものを届けたい――紙という制約のない電子媒体が増える中でも、辞書と新聞の模索は続きます。

【平山泉】

平山泉 1992年入社、2006~08年の大阪時代を含め一貫して校閲記者を務める。現在は用語幹事兼校閲センター東京グループ副部長。早稲田大学第一文学部日本文学専修(国語学)卒。18年に「国語辞典ナイト」に出演するなど講座・イベントにも積極的に取り組み、校閲や辞書、日本語についての発信を続ける。(担当した記事の一覧はこちら

 

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