首相の「素直におわびを申し上げる」という言葉に自民党の長老が「日本語として違和感」を述べました。しかし「率直におわび」だと正しい日本語なのでしょうか。国会議員は定型句として身についているかもしれませんが、「素直に」とどう違うのでしょう。

 

 
 首相のおわびの言葉について、興味深い報道がありました。


 緊急事態宣言下の深夜に自民党議員3人が東京・銀座のクラブを訪問し、菅義偉首相が「素直におわびを申し上げる次第だ」と述べたことに、自民党の伊吹文明元衆院議長が「日本語として違和感があった」と述べたそうです。2月6日付の毎日新聞によると伊吹氏は「『素直に』とは、言いたいことはいろいろあるが封印して『おっしゃっている通りでございます』ということだ。『率直におわびを申し上げます』とか『心からおわびを申し上げます』が正しい日本語だ」と語ったとのことです。

上司への文書に「率直におわびします」と書ける?

 私は首をかしげました。「素直におわび」はダメで「心からおわび」はいいのはわかる、しかし「率直におわび」というのは「正しい日本語」なんだろうかと。

 記事データベースでみると「率直におわび」は「素直におわび」の10倍以上と圧倒して出てきます。しかしほとんど政治家の発言であり、確かに永田町あたりではそれで通用しているのでしょうが、一般的なおわびの日本語としてはどうでしょう。

 私は仕事でミスをして「顚末(てんまつ)書」という形で説明しながら上司におわびする文書を書いたことがありますが「率直におわび申し上げます」なんて書いたことはありません。他人の顚末書でもそんな文言は見たことがありません。また、ニュースでの誤りをアナウンサーがよく謝りますが、「率直におわびいたします」などと言っているでしょうか。

 ある本の手紙の実例集から、おわびの言葉を抜き書きしてみます。

深くおわび申し上げます。何とおわびしてよいかわかりません。何とおわびしてよいやら申し訳なさでいっぱいでございます。誠に申し訳なく、心からおわび申し上げます。何とも申し訳なく衷心よりおわびします。どんなにおわびしても済むことではございません。……

「このまま使える手紙とはがきの実例集」(成美堂出版)

 「率直におわび申し上げます」は見当たりません。

 国会議員は「率直におわび申し上げます」という文言が定型句として身についているのかもしれません。そのため、たまに「素直に」という発言を聞くと違和感を抱く人が出るのでしょう。しかし「素直に」にしても「率直に」にしても、どうして政治家はおわびの言葉につけたくなるのでしょう。

「率直」を辞書で引くと卒倒するかも?

 そもそも「率直」と「素直」ではどう違うのだろうと思い、まず広辞苑の「率直」を引くと、全国の国語の先生が卒倒しそうになるようなことが書いてありました。おわびの話から脱線しますが、ちょっとお付き合いください。

【率直】(「卒直」とも書く)かざりけがなく、ありのままなこと。「――な感想」

 おそらく小学校高学年で「率」という漢字を習って以来、「卒直は間違い」と教わった人が多いのではないでしょうか。いつの間にその常識が覆ってしまったのだろうか、と他の辞書を引きます。

 まずは改訂されたばかりの「新明解国語辞典」。「表記」欄に「『卒直』とも書く」とあります。同じく改訂されたばかりの「明鏡国語辞典」は「書き方」という注釈を立てて「『卒』『率』は字形が似るために、混同されて『卒直』とも書かれる」。微妙な書き方ですが、間違いと明記せず認めているとも取れます。誤用に厳しいとされる明鏡でさえこの扱い。しかし。

 「三省堂国語辞典」「学研現代標準国語辞典」「学研現代新国語辞典」では「卒直」は誤りという注釈があります。辞書により見事に二分されている状況です。

 「卒」と「率」が紛らわしいのは事実ですが、校閲としてよく直しを入れていたのは手書き時代の話。いま「そっちょく」と打てば電子機器は間違いなく「率直」を呼び出すはず。となると「卒直」を認める立場もなくなっていくのではないでしょうか。

「言いたいことはあるが封印」の意は辞書にないが

 脱線が長くなりました。本題の「率直におわび」です。「率直」の辞書の用例をいろいろ見ましたが「率直に言う」などばかりで「率直におわびする」の例は見当たりません。では「素直」を引いてみます。広辞苑では

【素直】①飾り気なくありのままなこと。曲がったり癖があったりしないさま。質朴。純朴。②心の正しいこと。正直。③おだやかで人にさからわないこと。従順。柔和。

 などとあります。最初のところ、「率直」と同じですね。つまり「率直」であれ「素直」であれ「飾り気がない」のが前提。それをあえて「おわび申し上げる」という発言につけること自体に、言葉とは裏腹の飾り気を感じます。

 また、辞書からは伊吹さんの言うような「言いたいことはいろいろあるが封印」というニュアンスは感じられません。ただし、新明解では「素直に〔=あきらめて、いさぎよく〕白状する」という用例を載せています。この「あきらめて」という部分を「言いたいことはいろいろあるがあきらめて」と拡大して解釈することは可能かもしれません。

 まあ、辞書の語釈というのは、その言葉の裏にどんな思いが隠れているかなんて普通は書きません(新明解は時々露骨にそれを書きますが)。伊吹さんの「素直に」の受け取り方は全然素直ではありませんが、謝罪する人の言葉には表れない真実の思いを的確に読み取っているといえるかもしれません。

あの人も「素直におわび」と言っていた

 そういう観点で以下の国会議員の発言をみると、裏の思いが如実に感じられます。

私は、一昨日の参議院本会議におきまして、私の発言の中で真意が伝わらず誤解を招く表現があったので、発言を直接間接に聞かれた方々、また国民の皆様方に対して素直におわびをしたものであります。

 実はこれ、2000年の参院本会議でなされた森喜朗首相(当時)の発言です。「日本の国、まさに天皇を中心にしている神の国」という、いわゆる「神の国発言」の直後の国会答弁です。いま新たに女性蔑視発言が批判され、釈明会見も言葉の真の意味で「素直におわび」したとは思えない中、現首相の「素直におわび」が取り沙汰されるという巡り合わせは、神のいたずらなのでしょうか。

 これらの「素直におわび」が「率直におわび」だったとしたら、どうでしょう。心のありのままを真率に述べたという印象になる、とは誰も思わないのではないでしょうか。少なくとも、それが「正しく美しい日本語だ」と触れ回ってはほしくないものです。

【岩佐義樹】

いわさ・よしき 広島県出身、1987年入社。用語幹事、校閲センター部長を歴任。著書に「毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術」「失礼な日本語」(ポプラ社)、「春は曙光、夏は短夜 季節のうつろう言葉たち」(ワニブックス)。執筆・関連記事一覧はこちら

 

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