「古地図の沼」「恋人たちの聖地」など最近使われる言い方も盛り込まれた、19日発売の新明解国語辞典第8版。「忖度(そんたく)」も「近年のあれこれを受けて」説明を増やしたといい、「政治家の意向を忖度し、情報を隠蔽する」という #新明国 らしい?用例が追加されました。

三省堂辞書出版部の山本康一部長(左)と吉村三恵子さん

 

 三省堂の「新明解国語辞典」(新明国)第8版が11月19日、全国で発売されました。約9年ぶりの改訂で、約1500の新語・新項目が追加されました。刊行以来累計2200万部を発行している〝最も売れている小型国語辞典〟について、三省堂辞書出版部の山本康一部長、吉村三恵子さん、荻野真友子さんにお話を伺いました。

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「聖地」「沼」「とがる」など新しい用法

山本さん 新明国は本来、積極的に新語を追いかけて載せていくような辞書ではありません。「日本語の的確な使用のために」という使命がやはり念頭にあります。

 とはいえ「聖地」とか「沼」とか、「とがる」なんていうのもそうですが、やはり聞く人があれって思うようなところはできるだけきちんと取っていこうとしています。

第8版=三省堂提供、黄色の強調は引用者。以下同

 

第8版

山本さん 「沼」の場合、「沼」自体に新しい意味が加わったというより、用例にある「沼にはまる」「底なし沼」のような用法が比喩的に展開したものと捉えられると思います。

 明確に新しい意味として、独立したブランチ(枝分かれした語義の区分)2番を立てるよりは、そうした用法があるということで、これは新明国のやり方の一つなのですが、「古地図の沼」という用例を挙げ、用例に対する注という形で、新たな用法の説明をしています。意味が増えたわけではなく、使い方の比喩的な拡張だということです。

 

第8版

山本さん  同様に「聖地」は、AとBに分けています。意味が①と②に分かれるのではなく、Aから比喩的に派生した用法としてのBであると。

 そういうふうに〝意味とは何なのか〟ということを突き詰めています。

吉村さん 「聖地」も「沼」も、もともとの語の掲載はあるわけです。昔からあった言葉が、最近こんなふうに使われるようになってきているよ、ということで、ブランチを一つ増やすなり、注記の形なりで近年出てきた使い方を示しています。

 

吉村さん 例えば「やばい」などのように、どんどん今までにない使われ方が広がっているものがありますよね。

 今回は「草」に「〔俗に〕笑い」という語義を加えましたが、「草」という語はもともとあるので、追加で入れています。

第8版

 

荻野さん 「そんたく」も、第7版まで「自分なりに考えて、他人の気持をおしはかること」という語釈が既にありました。近年のあれこれを受けて、第8版で少し記述を増やしています。

 こうした補説やブランチの追加などは、新語・新項目の1500語とは別に増えているもので、これはこれで数百あります。

第8版

「雨模様」「敷居が高い」は変わったか

――文化庁の「国語に関する世論調査」で取り上げられるなど、本来の使い方とは違う使い方がされるようになった語はどうでしょう。たとえば「雨模様」について、「小雨程度に降っている」ことだと思って使う人がだいぶ増えています。

 

第8版

吉村さん 「雨模様」は第8版でも本来の意味だけを載せていますね。

 国語に関する世論調査でも分かるように、言葉が変わっていくのも仕方がないのかなと思います。だからといって全部「俗に」でとりあげるかどうかは別ですね。語によってそのままにしておくものもあります。

 

――「三省堂国語辞典」では「何年から使われるようになった」などと書いていますね。

吉村さん 「三国」はそういう方針の辞書ですよね。読みながら時代を追っていける。新明国としては「近年……」などの形で注意を促す程度にとどめています。そこが頑固者というか、頑固おやじみたいな感じで古めかしいのかもしれませんけど。

荻野さん 「敷居が高い」は、第7版では「敷居」の中の語釈つき用例だったのが、第8版で句見出しの扱いになり、近年の用法について補説がつきましたね。

第7版

第8版

 

 

――削除された語はありますか。

山本さん 基本的にあまり削除はしません。古い語であっても、文献の中にその時代の語として出てくることはありますので。

吉村さん 空見出し(見出し語として掲載されているが解説がなく、他の項目を参照している見出しのこと)を少し、これはもういいかなっていうのを削ってはいますが、本当に十数とかそんな程度。ですから今回は64ページ増えました。

 厚くなりすぎないように紙を工夫したり、第7版からは判型を大きくしたりしています。小型辞書ではありますが、やっぱり削れないんです。今は使われない言葉だからといって削っていってしまうと、わからなくなってしまいますから。古い語は古い語で、昔の文献を読んだときにも、調べて意味がわかるように載せないといけません。

荻野さん 例えば「ザエンド」→ジエンドっていう空見出しがあったのをなくしました。みんなもう「ザエンド」からは引かないだろうと。

吉村さん そうそう、本当にその程度ですね。「ニード」という空見出しも削りました。今はもう「ニード」で引く人はいないだろうということで、「ニード」は削って「ニーズ」だけにしました。

コロナ関連「ぎりぎりで判断」

――新型コロナウイルスの影響でこの春、カタカナ語が一気に出てきました。第8版では「コロナウイルス」の他「ロックダウン」などを入れたんですね。

山本さん 日常生活の中で人々が目にし、耳にする言葉として、この辞書が出たときにどれだけ存在しているか、ということが大きいと思います。

 日常生活を送っている読者が、ニュースや新聞、インターネットなど自身の生活の範囲で目にする中で、理解できない言葉があると辞書に頼ることになるわけですから、そこの期待に応えねばなりません。今回多く出てきたカタカナ語も、時事的にすぎるかなという面はあったものの、これだけ大きな社会的事件になった以上、入れざるを得ないという判断になりました。たとえ短期で終息したとしても、大きな歴史的事象として残っていくわけですから。編集の時期としてはかなりぎりぎりでした。

――ぎりぎりで悩むというのは、よくあるんでしょうか。

吉村さん 今回の話ではありませんが、かつて「パパラッチ」という言葉を入れるか入れないかで、当時の柴田武先生(言語学者、東大名誉教授。故人)が迷われたという話があります。ちょうど英国のダイアナ元皇太子妃が亡くなったときで、(97年の)8月31日とかだったかな。

 柴田先生が「パパラッチ」をどうするか、この先10年残るかどうか、入れるか入れないか、本当に最終的なぎりぎりまでお迷いになって、入れたと(97年11月発売の第5版)。

第8版

 

吉村さん  第7版(2011年12月発売)のときは「iPS細胞」(人工多能性幹細胞)です。

 これは編集担当である私が最後の最後で、他を少し削って入れました。山中伸弥京大教授が話題になっていたときで、もうそれは勢いで、私自身の判断でした。

第8版

 

吉村さん そうやって勢いで決めることはあります。決していいかげんな気持ちでなく、最後の最後まで悩んで、それで最後は、えいやって入れたわけです。これから先、この分野では目にすることは多くなるだろうという考えのもとに入れています。

山本さん 辞書は決まった時期にどうしても出さなくてはいけないので、そこで区切りを入れることになります。世の中というのは区切れていないので、無理に区切っていかなければいけない。この時点で何をどこまで入れるべきか、というのは毎回、非常に難しいです。

【まとめ・塩川まりこ】

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