「このままだと辞書が滅びる。辞書ブームを盛り上げたい」。そんな危機感も胸に、辞書の魅力を伝えるべくイベント出演やウェブ動画配信など精力的に活動する「辞書マニア」の見坊行徳さん、稲川智樹さん。校閲者でもある2人に話を聞きました。


見坊行徳さん(右)と稲川智樹さん=提供写真

 

 

 校閲と切っても切れない関係にある辞書。「国語辞典ナイト」などのイベント出演や動画配信などで辞書の魅力を伝える活動をしている、校閲者にして自称“辞書マニア”の見坊行徳さん、稲川智樹さんに、辞書愛をたっぷりと語っていただきました。前編では2人の出会いやこれまでの活動などを中心にまとめました。

【まとめ・西本龍太朗、屋良美香子】

プロフィル

見坊行徳(けんぼう・ゆきのり)

 1985年生まれ、神奈川県出身。2015年、早大国際教養学部卒。校閲専門会社「鷗来堂」に勤務。三省堂国語辞典の初代編集主幹、見坊豪紀(ひでとし)の孫。稲川さんとイベント「国語辞典ナイト」のレギュラーメンバーを務める。

稲川智樹(いながわ・ともき)

 1993年生まれ、愛知県出身。2015年、早大法学部卒。講談社編集総務局校閲第2部に勤務。フジテレビ系のクイズ番組「99人の壁」にジャンル「国語辞典」で出演、全問クリアにあと一歩まで迫った。

(敬称略)

 

「辞書マニアだから校閲者に」

――お二人とも校閲の仕事をなさっていますよね。見坊さんは肩書としては「校閲者」とは名乗っていないようですが?

見坊 名乗ってはいないですね。校閲者っていう看板ではないなと思っています。

――肩書を聞かれたら何と答えているのですか。

見坊 「辞書マニア」です。

一同 (笑い)

見坊 職業は辞書マニアではないですけどね。先日、英語辞書(関係者)の集まりで発表したときもプライマリーな肩書は「辞書マニア」。で、ついでに校閲者(笑い)。

稲川 その感覚は分かります。辞書ありきっていうか。辞書マニアだから校閲者やっています、っていう……。

――稲川さんは法学部の出身でしたね。

稲川 大学に入学する前は法律にも興味があったし、学校の指定校推薦が空いていたといった巡り合わせがあって入学したんです。でも法学部の単位が全然取れなくて。他の一般教養で取っていた言葉系の科目ばっかりまともに取っていました。「なんで法律やってたんだろう?」って思いながら卒業したんですけど(笑い)。

見坊 最後の1年は大変そうでしたよ。

稲川 ええ。本当に大変で、あと2単位落としたら卒業できないみたいなぎりぎりの状態で。2年生で取らなきゃいけない科目を3回目ぐらいでやっと取れたみたいな。法律には向いてなかったです。

――高校生の時も辞書好きでしたか。

稲川 好きでしたけど、それほどマニアではなかったと思います。家にある辞書を読むぐらい。辞書を買いあさり始めたのは大学に入り、1人暮らしをするようになって自分のスペースを持てるようになってからですね。

800冊を所有、推し辞書は

――辞書マニアになるきっかけになった辞書や言葉ってありますか。

稲川 最初は「新明解国語辞典」(三省堂)でしたね。新明解がおもしろいっていうところから入って、読んでみたら他の辞書もおもしろいな、と。「岩波国語辞典」(岩波書店)はすごく印象が強くて。結構個性的なことが書いてあって、「ら抜き言葉」じゃなくて「ら抜け言葉」って言うべきだとか、すごい主張をしてくるなっていう印象がありました。僕がいつも「推し辞書」と言っているのは「現代国語例解辞典」(小学館)。「類語対比表」はすごいなって思いました。

現代国語例解辞典の「類語対比表」

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――ところで何冊ぐらい辞書を持っているんですか。

稲川 もうちょっとで800くらい。

――800! そんなにあるんですね。それは国語辞書に限らず、辞書と呼ばれるものなら何でも集めているんですか。

稲川 国語辞書が中心ですね。外国語辞書などは手があまり及んでいないです。

見坊 領域を決めておかないと、きりがないですからね。

稲川 きりがないですね。でも必要で英語とか外国語を引きたい時があるので、もうちょっとスペースがあれば他の辞書も欲しいです。

――床が抜けそうになったりしません?

稲川 ちょっと怖いですね。沈んでるんじゃないかな、って(笑い)。

――古本屋で買ったりとかするんですか?

稲川 そうですね。

見坊 今日もここぞとばかりに買っているなあと思いましたよ。紙袋持っているし。(注:このインタビューは2020年1月に神保町で行われた)

稲川 3万円ぐらい買ってしまいました。

一同 えーっ!

稲川 すごく珍しいものがあって。三省堂国語辞典の100刷記念とか山田忠雄のサインが入ってる新明解とか……。

見坊 それはすごい! 山田忠雄のサイン見たいですね。

稲川 初版の革装なのでそれだけで珍しいんですけど、「鵜澤伸雄様」っていう三省堂の社員として英語辞書の編集に関わっておられた方に宛てたもので。

――ちなみにおいくらでしたか。

稲川 1万円ぐらい。

見坊 初版の革装って時点で値段はつきますよね。

稲川 そうですね。初版の革っていうだけでたぶん普通に1万円とかするんですよ。すごくきれいで、しかも読者カードや短冊(売り上げスリップ)も挟まったままなんですよね。これは「買い」だな、と。

祖父は「辞書になった男」

    ――見坊さんの辞書との出合いは?

    見坊 辞書は家にはあったけど、そんなに使っていなかったと思います。小学生の頃から「三国」を使っていましたけど、そのころ辞書好きだったかっていうと別にそんなに……。

    ――辞書マニアになったのはいつごろでしたか。

    見坊 僕の辞書マニアはごく最近始まったものですよ。だから稲川さんの方が年季が入っている。

    稲川 そんなことないですよ。ただ、中学・高校生のころに辞書に載っていない言葉を集めていたことはあります。広辞苑に載っていない言葉を書いていました。そういう言葉を抜粋して辞書みたいなものを作っていました。

    ――見坊さんは、お父さまの世代では誰も辞書関係の仕事をされていないということを聞きました。国語学者は子どもが継ぐってよく言いますが。

    見坊 NHKで放送されて書籍化された佐々木健一「辞書になった男」(文芸春秋)でもインタビューがあるんですけど、祖父がやっていたのは、いわゆる机や文献に向かって研究というよりはフィールドワークなんですよね。そこかしこで用例を採集するしかないわけです。祖父の見坊豪紀本人は息をするように採集しているから、やっていないと落ち着かないぐらいだったと思うんですけど、その境地に達するまでにはものすごい研さんを要したはずです。なにしろ旅行も行けなくて、新聞の休刊日だけが休日みたいな。6紙とっていましたからね。

    ――新聞の間違いも用例として捉えて「間違いじゃないかも」みたいなところがあったのでしょうね。

    見坊 そうですね、間違いか正しいかというよりは「こういう言い方が出てきたね」ぐらいの感じでしか見ていなかったはずです。

    ――校閲記者としては「ごめんなさい!」って思っている、そういう〝消したい過去〟がちゃんととってあるんですね……(汗)。

    見坊 ええ、八王子の倉庫の中に(笑い)。誤脱字の分類みたいなこともやってますからね。誤植の分類とか恐ろしく細かく分けていて。校閲者でもそこまで考えてやってはいないぐらいの、こういう誤りの類型があるというのもやっています。そこまで類型化するために一体どれぐらいのデータが背景にあるのかを考えると恐ろしくなります。(父親のように)直接見て「ああいう仕事はちょっと……」みたいな呪縛からは自由なので、(孫である)私は単純に祖父の本を読んでおもしろそうだなと思ってやっています。

    ――おじいさまのことは直接知っているんですか。

    見坊 祖父は私が7歳のときに亡くなっているので、言葉の話はできなかったですね。私が物心ついたときには、残念ながら祖父は体が悪かったのであまり一緒に遊ぶこともなかったです。ただ、谷川俊太郎に「ことばあそびうた」っていう本があるんですけど、あれを祖父の前で朗読していた記憶はあります。それが言葉的なほぼ唯一の邂逅(かいこう)だったんじゃないかなと思います。

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    辞書研を設立、「早稲田大辞書」を

      ――お二人は早稲田大学辞書研究会(辞書研)の設立メンバーだそうですね。どうやって知り合ったのですか。

      見坊 僕がロンドンに留学している頃に、ネットを見ていたら辞書に詳しい人がいるなあと。よく見ていたら「この人、同じ大学じゃない?」と思う発言がちょいちょいあって……。

      稲川 コミケ(コミックマーケット)で売っていたときがあって、そこに見坊さんがいらしたんですね。そこで初めて会いました。なんとなく辞書に関するサークルを作りたいなって思っていたところで、「辞書マニアです」って名乗られたから「じゃあ一緒にやりますか」っていうことになったんですね。だから最初は名前も知らない状態でお会いして、後になって名前を知って「ええ!? 見坊さんって、あの見坊さんですか?」って。あの見坊さん以外ありえないなと(笑い)。

      見坊 年齢は違うんですけど、2人とも同学年です。辞書研を立ち上げたのは2013年の秋だったでしょうか。高田馬場に名画座・早稲田松竹があるんですけど、そこで「舟を編む」のリバイバル上映をやっていたんですよ。2人で見に行ったことでだいぶ活動に火がつきましたね。

      稲川 「辞書研をやりましょう」ってなったのはそれが最初ですね。

      ――大学で「早稲田大辞書」を作られましたよね。

      稲川 あれは大変でした。

      見坊 今日持ってきましたよ。

      辞書マニアをたずねて01

      「早稲田大辞書」を掲げる見坊さん(左)と稲川さん

       

      ――「早稲田大辞書」は何部ぐらいつくったのですか。

      見坊 500部弱だと思います。学内の生協と高田馬場の書店に置いていただきました。その書店は学生が作った刊行物を置いてくれるので、ありがたいです。

      ――辞書研の活動は今も続いているのですか。

      見坊 残念ながら続いていないです。後輩を育成しきれなくて……。僕らが抜けた後も1年間くらいは続いていたんですけど。

      稲川 「早稲田大辞書」は第2版も編集はしていたんですけど、それは身内だけで印刷して解散ということになってしまいました。

      見坊 辞書にしっかり向き合って、趣味として続けてこられたのは仲間がいたからだというのはすごく感じますけどね。

      「辞書部屋」から動画を配信

      ――おふたりは最近、「辞書部屋チャンネル」というアカウント名でYouTubeで動画を公開されていますね。あの動画はどこで撮っているのですか。

      見坊 「辞書部屋」というのを借りていまして。築30年ぐらいのアパートの一室なんですが。

      稲川 見坊さんが主導してやっています。

      見坊 (辞書マニア仲間は)みんな、辞書の置き場がなくて困っているんです。でも捨てるなんて論外だからレンタルスペースや貸倉庫に入れておくわけですけど、それではつまらないな、と。各人がバラバラで保管しているより、部屋を一室借りて共同で置いて、みんなで集まれるようにしたらいいんじゃないかなと思ったんです。

      「辞書部屋」で辞書を手にする2人=提供写真

       

      ――稲川さんも辞書を置いているわけですよね。

      稲川 800冊の一部、百何十冊かを。

      ――何人ぐらいで運営しているんですか。

      見坊 5人かな。

      ――なかなかフォトジェニックというか、見た目がおもしろいなと思います。

      見坊 背景に圧がある(笑い)。

      ――動画公開を始めたきっかけは?

      稲川 僕がやりたがっていたんですけど、このままだと辞書が滅びるなっていう感じがあるので、目標としては辞書ブームを盛り上げたいな、と。まだそこに全然たどり着けずにいます。

      =後編につづく

       

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