安倍首相が言及したという慣用句「韓信の股くぐり」。名将・韓信が「ならず者の言うままに彼の股をくぐるという辱めを甘受した故事」と解説されることが多いのですが、相手は本当に「ならず者」だったのか。出典の史記にあたると、疑問が出てきました。

歌川国芳「韓信胯潜之図」

 

 2月26日付の毎日新聞によると、安倍晋三首相は18日に公明党幹部らと会食した際、自らの「意味のない質問だよ」というヤジで予算委の審議が一時止まったことについて「予算を通すためには『韓信の股くぐり』でも何でもやる」と言ったそうです。「韓信の股くぐり」という言葉を知っているなんて、さすがに自ら「森羅万象を担当している」とおっしゃる総理大臣ですね。

 でも、この「毎日ことば」に載っている漢字クイズ「読めますか?」によると、「韓信の股くぐり」の読みの3択問題では、正答率が68%でした。3人に1人が間違えているところをみると、必ずしも有名な慣用句とはいえません。

韓信の股くぐりとは

 調べたことを報告します。出典は司馬遷の「史記」です。韓信は紀元前の前漢の武将で、項羽や劉邦に仕えました。

 「広辞苑」第7版では、人物としての韓信の項の後に「―の股くぐり」という慣用句が以下のように説明されています。

青年時代の韓信が、衆人の前で、ならず者の言うままに彼の股をくぐるという辱めを甘受した故事。将来の大きな目的のために、一時の恥に耐えること。韓信匍匐(ほふく)。

 なるほど。ということは安倍さん、自らを韓信に、ヤジを飛ばす原因を作った野党を「ならず者」になぞらえているわけですね。そして、ヤジを飛ばし国会を空転させたのが自分でありながら、謝ることを屈辱と感じるあまり、大事の前の小事だと自分を納得させようとしていたわけですね。

 この韓信という人物は戦上手で、「背水の陣」という言葉の由来となった布陣で勝利しています。また「国士無双」という四字熟語の語源としても知られています。劉邦の信頼する部下が「韓信は国士無双」と重用するよう進言したといいます。「国士無双」とは「四字熟語ときあかし辞典」(円満字二郎著、研究社)によれば「並ぶものがないほどすぐれた、国を背負って立つような人材」ということです。安倍さんが好みそうな人物ではありませんか。だから「韓信の股くぐり」という言葉も覚えていたのですかね。

 しかし、この故事についてもっと調べると、ことはそう単純ではないことが分かってきました。韓信をして股をくぐらせる屈辱を味わわせた人物は、本当に「ならず者」なのかという疑問が生じたのです。

原典「史記」によると…

 確かに故事成語辞典や漢和辞典などではならず者のほか「ごろつき」「乱暴者」「無頼の徒」などとされています。しかし「明鏡ことわざ成句使い方辞典」のように「仲間の少年たち」となっているものもあります。

 小説では、司馬遼太郎「項羽と劉邦」が、「気のあらい肉屋」としています。宮城谷昌光さんも「劉邦」で「生肉(せいにく)をあつかう業者の若者」と書いていました。

 では「史記」ではどうなっているのでしょう。岩波文庫「史記列伝 三」の「淮陰侯列伝」によると、現代語訳は「屠殺者仲間の若者」です。原文にあたると「屠中少年」のようです。これを岩波文庫は直訳したのでしょう。

 「屠中(とちゅう)」とは「広辞苑」によると「獣類を屠殺する者のなかま」とあります。しかし、ならず者とか無頼とかいう意味は記されていません。どうして韓信の股くぐりについてそう記す辞典が多いのか考えると、ざわっとするものを感じます。

 屠殺は、それに従事する人がいわれなき差別を受けてきたことに鑑み、新聞では気をつけたい用語とされています。出版社でもそうだと思われます。もし屠殺という語を避けたいがために、ならず者などの意訳が考えられたとしたら、それはかえってたちの悪い改変ではないでしょうか。

 たとえば、悲惨な戦場や殺害現場のたとえとして「屠殺」という言葉はもちろん「食肉処理場のよう」という言い換えをするのもとんでもないことです。韓信の股くぐりの故事の場合、原典の表記に触れさえしなければならず者でも違和感は全くありません。しかし知ってしまった以上、それでいいのかという疑問がつきまといます。

 広辞苑の「韓信」の改訂歴をたどると、不思議なことに気付きました。2版(1969年)で「屠牛の少年に辱められ」とあったのが、4版(91年)に単に「辱められ」に、それが2008年の6版で「韓信の股くぐり」の説明として「ならず者」という文言を登場させています。誰に辱められたかを記したくなったのでしょうが、慎重に検討した上で「ならず者」になったのでしょうか。

ならず者呼ばわりは失礼?

 今回私は初めて岩波文庫の韓信のエピソードを通して読みました。司馬遷の作家としての巧みさを感じたのは、韓信に股くぐりをさせた当人が最後の方で再登場することです。功成り名を遂げた韓信は彼に「倍返し」したのでしょうか。
 

 自分に恥をかかせた若者で、またぐらをくぐらせた男を召し出して、楚の中尉にとりたててやり、将軍や大臣たちに向かって言った、「これはりっぱな男だよ」

 かつての恥辱などどこへやら、実に爽やかな態度ではありませんか。その韓信をして「りっぱ」と言わしめたのですから、相手の男もひとかどの人物のはず。ならず者呼ばわりは失礼ではないでしょうか。

 以上、漢文の知識がほとんどない者が大それたことを申しました。見当違いであればご指摘ください。

【岩佐義樹】

 

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