「ぎりぎりの時間に原稿がでてきたりすると、焦って簡単な見逃しも増えてしまいます」「失敗した時、どうやって気持ちを切り替えたり、次に生かしたりしていますか?」……仕事に慣れてきた1年目の校閲記者の悩みや疑問に、指導役だった先輩社員が答えました。

 

「先生」の斎藤美紅記者(左)と筆者

 

 実際に校閲の現場で働き始め、早いものでもう8カ月になります。毎日反省の繰り返しですがなんとなく仕事のやり方や流れはつかめてきて、でもその分悩みや疑問も増えてきています。

 入社後の全体研修を終え4月の終わりに校閲職場に来てから2週間、「先生」役の先輩につきっきりで、校閲のいろはを教えていただきました。たった2週間ですが「先生」からは数え切れないほど多くを学び、ひとり立ちしてからも、顔を見るだけでほっとするような、小さな疑問があったら真っ先に聞きに行きたくなるような、そんな存在です。

 今回はそんな私の「先生」だった斎藤美紅記者に今の悩みや疑問をぶつけ、インタビュー形式にまとめました。

【久野映】

プロフィル
斎藤美紅(さいとう・みく) 2012年入社。大学ではジャーナリズムを専攻し、新聞づくりに携わりたいという思いを強くする。校閲の仕事を知ったのは就活中で、表で活躍するよりも裏方で支えるほうが性に合っていると思い急遽志望を変えた。18年サッカー・ワールドカップなどを担当。仕事の影響で一時スポーツ観戦に熱中するも、その後趣味は2~2・5次元かいわいのいろいろに。「それから風邪をひかなくなった気がする……」とのこと。 

久野映(ひさの・はゆ) 2019年入社。大学では社会学や心理学を専攻していたものの、もっぱらスポーツ新聞サークルの活動やアルバイトに明け暮れていた。スポーツ新聞サークルの活動で、取材・記事執筆・写真撮影・編集・レイアウトなどさまざまな仕事に触れる中で一番やりがいを感じたのが校閲。報道やジャーナリズムにも興味があり、ニュースを正しく・わかりやすく世の中に伝えることに貢献できればと、新聞社の校閲記者を目指した。趣味はグルメ巡りで好物はウニ。

想像以上だった「時間との闘い」

久野:右も左も分からなかった最初の頃に比べればできることも増えましたが、その分悩んだり壁にぶちあたったりすることも……。斎藤さんは1年目の頃、どんなことに苦労していましたか?

斎藤:新聞独特の表現に戸惑うことが多かったかなあ。直した方がいいかと再校担当のデスク・キャップに相談したら「こういう言い方、新聞ではよくするんだよ」と言われたりして。例えば経済関係の原稿で「~を嫌気して」みたいな表現とか。

久野:ああ、私も初めて見たとき戸惑いました。法律用語やスポーツ独特の言い回しなど、日常生活ではあまり見聞きしない言葉も新聞にはあって、この仕事を始めてから知った言葉もたくさんあります。

斎藤:入社するまでは新聞を読んでいても、自分の興味ある分野に目を通してそうでないものは飛ばしちゃったりしていたので、新聞独特の言い回しとか知らないものも多くて。あとはやっぱり、原稿を読むのが追いつかなくて。優先順位がつかめていないから、全部完璧に自分でやろうとして結局間に合わなかったりすることもあったなあと。

久野:まさに今そんな感じです。想像していた以上に、新聞の校閲は時間との闘いだなあと痛感しています。

斎藤:あと字体の違い(「斎」に対する「齋」など)かな。最初は異体字という概念もよく分からないままだったから、異体字がまぎれていても疑問にすら思わなくて。今は全部覚えているわけではなくても「これ異体字かな」って引っかかって調べてみるってことができるけど、最初は引っかかりもしなくて。再校したデスク・キャップから言われて「そうなんだ」と思うこともたくさん……。

自分のペースつかめずパニックに

久野:斎藤さんでも最初はそうやって戸惑っていたんですね。では何年目くらいから慣れてきたとか、そういった感覚はありますか?

斎藤:慣れるのに3年くらいはかかったかなあ。3年目終わる頃にやっと、波なく原稿が読めるようになって、自分のペースで仕事ができるようになってきたかなと。

久野:私は今「自分のペース」というのがなかなかできなくて。ぎりぎりの時間に大量の原稿がでてきたりすると、もうパニックで正直泣きそうになります(笑い)。焦って読むと全然いつも通りにできなくて、簡単な誤りの見逃しも増えてしまいます。

 そんなときでも冷静に、的確に、それでいてものすごいスピードで対処している先輩たちの様子を見ると、本当にすごいなあと。

斎藤:そうだよね、焦るのはすごくわかる。そういう時は優先順位をつけることを大事にしているかなあ。絶対に間違ってはいけないのが固有名詞、あとは今日の出来事なのに違う日付になっているとかそういう、読めば絶対に分かるような事実関係をとにかく潰していく。あとは助詞の関係とか文章の流れで変な部分があれば整えたり。それ以外は早版は出稿部を信じることしかできなくって。

 本当は全部調べたいし気になるけどそれじゃ間に合わないって時もどうしてもあって、その場合はとにかくできることをやって手放すようにして、でもそのままで終わらせず、校了(記事を直し、OK状態にすること。それで原稿が紙面をレイアウトする整理記者の端末に送られ、紙面に組めるようになる。毎日新聞の紙面制作システムではこう呼ぶ)してからでもあとから追いかけて調べて、何か気になる部分があればなるべく早く指摘できるように。そうやって優先順位をしっかりつけて取り組むことが大事かなあと思います。それでも今も焦ることはたくさんあるけどね。

「1人で黙々とやる仕事」ではなかった

久野:入社前、校閲部は「黙々と文章に向き合う言葉の専門集団」みたいな感じなのかと正直少しびくびくしていたのですが、いい意味でそんなことはなく。「これ、こう直せたらいいと思うんですけどどう思いますか?」みたいなやりとりがあちこちでされていて、校閲って1人で黙々とやるというよりも、いろんな人の意見を取り入れながらやっていくという側面もあるのだと感じました。思っていたよりずっと人間味があるというか(笑い)。斎藤さんは入社前と後で、どんなところにギャップを感じましたか?

斎藤:仕事の面では、もっと言葉の面だけを見るのかと思っていたから、こんなに出稿部の方とやりとりする機会が多かったり、事実関係まで調べたりするんだと驚きました。こんなに人としゃべる仕事だったんだって(笑い)。

 原稿の内容においては出稿部の方が専門家なのに、それに対して「こうじゃないですか」って聞きに行くなんて最初は信じられなくて。私がそんなことしていいのかって戸惑って、聞きに行って自分が間違っていたら恥ずかしいとか、申し訳ないとか、いろいろ感じていたなあ。

久野:そうですね、私もいまだに慣れなくて毎回緊張します。関連してですが、校閲部にはどんな人が多いと感じていますか?

斎藤:マイペースな人が多いなと(笑い)。

久野:やっぱりどんな時でも自分のペースを保つことって、この仕事をする上で大事なことなのでしょうか。

斎藤:やっぱりどんな時でも落ち着いてできる、自分の中の時間の流れがある方がやりやすいのかなっていうのは感じます。

久野:今は全然自分のペースを持てていないです……。ある程度時間に余裕があって自分のペースでできる時と、そうでない時とで校閲の質にもすごい落差が生じてしまって。どれだけプレッシャーがかかる場面でも、冷静でいられるようになりたいですね。

斎藤:私も今でも、時間に追われていると、こんな単純な間違いを見逃しそうになったとかあるよ。

明らかな表記ミスを見逃してしまう時

久野:ここ最近、カタカナ表記で誤りを見逃してしまうことが続きました。「ガッツポーズ」が「ガッツポーツ」、「オブザーバー」が「オブバーザー」……。後から見れば明らかに違うと分かるのに、単語としてまとまって見てしまうからか見落としてしまって。自分でも「もう、なんで?」って愕然(がくぜん)とするようなことがあって……。

斎藤:わかる、わかるよ。

久野:カタカナは意識して一文字ずつ丸で囲いながら追ったり、心の中でゆっくり音読してみたりと工夫しようとしているんですけど、何かいい方法はないでしょうか?

斎藤:一文字ずつ囲うとか心の中で音読するっていうのもすごく大事なことで、あとそれに加えて私の場合は2文字ずつとかある程度の塊でもう一回見直すようにしてる。全然自分の目も感覚も信じられなくって、複数回見るようにしているかな。それをすると意外に「あっ」って自分で見落としに気づくこともあって。2文字ずつとかって決めておくと思い込みで読まずに自分の中で区切りができるから。

 あとは行変わりに注意することかなあ。次の行に目が飛んじゃいそうになるけどそこに余分な「っ」とか入っていたりすることもあるから特に注意して。最近もそれ見逃しそうになって、どきっとしました。

久野:なるほど、2文字ずつの区切り、取り入れてみます!

 あとは「この単語は変換ミス起こりやすいな」「この漢字は使い分けに注意しなきゃいけないな」とかってそこに意識が向くと、その前後に明らかに変な部分があるのにそれを見落としそうになったことが何度かありました。自分にそういう傾向があるなと自覚して特に注意するようにしようとしているんですけど、他にこういうときは注意した方がいいというようなものはありますか?

斎藤:うーん。聞いたことあると思うけど、1個間違いがあったら周りにもあると思えっていうのはよく言われるよね。そこはやっぱり意識しています。あとは、やっぱり何回も言うけど行変わりにはとにかく注意! 句点が2個あったとか、度々あるので。

久野:行変わりでのミス、私も遭遇したことあります。気をつけます……!

知っているはずの言葉に不安になる

久野:知っていると思っていた言葉に思わぬ落とし穴があったり、新しい気付きがあったり。23年間日本語を使って生きてきたはずなのに、こんなにも知らないことがあったのかと感じることも多いです。「ず」「づ」や「じ」「ぢ」の使い分けとか、日常生活でなにも意識せず使い分けてきた言葉に改めて深く向き合うと、「あれ、これでよかったっけ」と急に不安になったり。

 最近、あれって思ったのが「こぢんまり」。「こじんまり」ではなく「こぢんまり」と書くこともあたりまえのようでいて、校閲していると急にこれでいいのか不安になったりします。

斎藤:私も今でもよくあるよ。文章に入っている言葉がこんな使い方するんだろうかって引っかかって辞書で調べて、「あってるんだ、こんな使い方もするんだ」って思うことはたくさんあったなあ。

 あと、自分が知っていると思っている言葉で、原稿でもそのようなニュアンスで使われていたけど、そういえばちゃんとした意味って知らないかもと思って調べてみたらちょっと違ったりすることも。

久野:前者は私もよくありますが、後者ができるのは本当にすごいなと思います。自分が正しいと思っている言葉の使い方があって、その通りに原稿で使われていたら「これでいいんだ」って納得してしまいがちなので。

 そこでもう一度立ち止まって「本当はどういう意味なんだろう」って調べることを続けていくって、校閲記者としてすごく大切なことなんだなあと思いました。私もこれからもっと心がけていきたいです。

斎藤:自分自身が使ってきた日本語が正しいとも言えないし、やっぱり友達とかと話すときってちょっと間違っていても通じてしまうから気付かないけど、この仕事ではやっぱりそこは切り替えなきゃいけないので。

失敗をどうやって次に生かすか

久野:手を抜いたつもりは全くなくても、その日1日でどれだけ多くの誤りを直し事実関係を調べても、たった一つでも誤りが直されないまま紙面化されてしまったら校閲としてはゼロ点というか。自分の見逃しで紙面に傷をつけてしまったことに、悔しさと申し訳なさでいっぱいになります。たった1カ所の誤りでも、たまたまその記事を読んだ読者には「この記事はきちんと精査されたものなんだろうか」と不信感を与えてしまいますよね。

 そういったとき、どうやって気持ちを切り替えたり、次に生かしたりしていますか?

斎藤:訂正出すとやっぱりその日は一日中落ち込むし、気持ちはすっごい分かる。訂正が出るって分かるのはその日の終盤なことが多くて、なかなか挽回もできないし。ただただ落ち込む。でもやっぱり、次の日まで引きずったら集中できないし、そればっかりにこだわったら他で見落としが出たりもするし。だから私の場合は、家には持ち込まないように、帰宅して家のドア開けたら切り替えるようにしています。

 あと、失敗を次に生かすという点では、私の場合は間違えたことをノートに書きためてるよ。そうやって記録しておくと、後から振り返って「またこれやってるなあ」って気付いて、自分はこれが苦手なんだなって分かったりもするから。そうやって蓄積していくことは大事だと思います。

久野:斎藤さんの中で、仕事におけるこだわりやモットー、ルールみたいなものはありますか? 

斎藤:うーん、なんだろうなあ。できるだけ辞書で調べることは意識してるかな。何年目になっても、自分の思い込みで間違って理解している言葉とかってたくさんあるし、いまだにちゃんと覚え切れていない気をつけたい言葉とかもいつまでたってもなくならないから、辞書は時間が許す限り引いて調べて、大丈夫だなって納得できてから次に進むように。

直すか線引き難しい 文章の違和感

久野:あとは、先ほども少し出た出稿部とのやりとりについてもうまくいかないなあと思うことが多くて。特に明らかな言葉や事実関係の間違いではない、言葉の言い回しや文章の構成についての意見を伝えるのは難しいなと日々感じています。感覚的にこちらから伝える意見や提案の方がいいと思っていても、直すべきだと言い切れる根拠みたいなものを言葉にするのが難しくて、論理的に伝えるのに苦労しています。

斎藤:資料や辞書の該当箇所を見せるのがいいんじゃないかな。どうして違うと思ったかって自分の言葉で表現するのは難しいけれど、資料見せれば相手は専門家だし、すぐわかってもらえることが多いかな。それでも何が違うか分からない、って言われることはあるし、そのときは自分と相手の感じ方のどこが違うのか考えて言葉を尽くすことしかできないよね。話した結果「自分の方が間違っていたな」とか「確かにそういう捉え方もできるな」って思うこともあって、その場合はすぐに引き下がることも。

 あとは、校閲として文法とか言い回しが気になっても、書き手はなんらかの意図があってそう書いていることもあるし、そういう場合はそれを尊重したい。そういうさじ加減も大事かなと思います。

久野:なるほど。それに関連して、ちょっとした文章の違和感みたいなのって、直す・直さないの線引きが難しいなと感じています。「これはわざわざこちらから手を入れるほどではないのかな」と違和感を持ちつつも放置すると再校したデスク・キャップから直しが入ってきたり、逆に「ここはこうした方が」と直しを入れてみても「これは別にこのままでもいいんじゃない」と言われてしまったり。私センスないのかなあって(笑い)。

斎藤:わかるわかる(笑い)。そこの感覚はどうしても、全員で全く同じにすることはできない部分だからね。デスク・キャップが直した(直さなかった)意図が分からなかったときは、直接その人に聞いてみるといいと思う。理由を聞いたら勉強になるし。

 私も「気になるけどいいかなあ、どうかなあ」と思って線だけ引いてちょっとアピールしつつも直し入れずに出したら、デスク・キャップも「自分も迷ったけど、君も気になるなら出稿元に聞いてみよう」ってなることもあるからね。

久野:たしかに、自分と同じ文章を読んで校閲した大先輩が、何を考えて直したり直さなかったりしたのか聞くのはとても勉強になりますね。タイミングを見つついろいろ聞いてみたいと思います。

趣味や私生活と、仕事との関係

久野:せっかくなのでちょっと軟らかい話も。最近は街中の看板や映画の字幕など、日常のふとした瞬間に言葉の誤りや使い方が気になったりしてくるようになって。なんでこの文章違和感あるんだろう、とかふと考え込んでいる自分がいます(笑い)。経験を重ねるにつれそういうことは増えていくんでしょうか?

斎藤:これは本当に人によるみたいなんだけど、私はけっこうしっかりオンオフ切り替えちゃうタイプなのであんまりないかなあ。でも私生活においても、人に送る文章とか、SNSとか、他人に見せる文章は、やっぱりちょっと気をつけるかな。こっちの漢字の方がわかりやすいかな、赤本(「毎日新聞用語集」のこと。漢字の使い分けや気をつけたい言葉など、記事を書いたり校閲したりする上で必要なことがまとめられている)だとどうだっけとか(笑い)。

 あと、最近参加したあるイベントで「世間ずれ」という言葉を聞いたんだけど、前後の文脈からするとどうも意味が通らない……と思って調べたら、文化庁の調査で若い世代では「世間ずれ」という言葉を本来(世間を渡ってきてずる賢くなっている)とは別の意味(世の中の考えから外れている)で使っているっていうのが出てきて「ああこっちの意味で使ってたのか……」と納得したり、あとはゲームなどのシナリオを読んでいてつい誤字脱字が気になってしまったりとか。思い返すと、けっこうありますね(笑い)。

久野:私生活という部分では、日常で触れたものや自身の経験が、思いがけず仕事で生きる瞬間があるとうれしくなります。例えば自分の出身の地名に関する記述でひっかかるところがあり、調べた上で無事正しく直すことができたり、あとは直前に見た映画のレビューの記事の校閲を担当することになったり。長く仕事をしていると、そういう機会も多くなりますか?

斎藤:そういうことがあるとうれしいよね。たまたまの巡り合わせでそういう記事に出合うこともあるし、普段から自分の好きなもの・興味のあるものをアピールしておくと任せてもらえることもあるし。この前、某アイドルが事務所を抜けたってニュースが出たときは、私が好きなことを知っていた先輩が「お前やれ」ってその原稿を回してくれて(笑い)。やっぱりそれは自分がやりたいって気持ちになるし、それを任せてもらえるとうれしいなって思う。そういうよく知っていると思っていることほど調べがおろそかになりがちだから、気をつけなきゃいけないんだけど。

この人が読んでいるならっていう安心感を

久野:ここまで私からたくさん質問させていただきましたが、逆に先輩としての立場から、私や1年生に聞いてみたいことはありますか?

斎藤:私が1年目、2年目だった頃、もう一回先生についてもらいたいって思ったことがあったんだけど、どうですか?

久野:めちゃめちゃあります。やっぱりはじめの頃は疑問にすら思えなかったことが経験を重ねるにつれ「これ他の人はどうやっているんだろう」って思うようになったりするので。今さら聞くのは恥ずかしいと思ってためらってしまったり、忙しさに追われて疑問に思っても聞きそびれてしまったりすることもあるので。だからこそ今回のインタビューは、今がチャンスだとばかりに質問攻めになっちゃいました(笑い)。今先生にまたついていただけるなら、すごく心強いです!

斎藤:あとは、好きなジャンルってできてきたりしましたか?

久野:もともと好きだったのもあるんですが、スポーツ記事は楽しいなって思います。スポーツはナイター試合で降版時間ぎりぎりであわただしかったり、速報で急がなきゃいけなかったりで緊張もあるんですけど、内容としては好きですね。あと、仕事をするようになってからおもしろいなって思うようになったのは政治や外交関係です。分かれば分かるほど興味深いです。

斎藤:社会と政治ってつながってるんだなあ、とかって思うようになるよね。あともう一つ、今後目指す校閲記者像とか、そういうものがあれば教えてほしいです。

久野:実現にはまだまだかかると思いますが……。他の部署の方がわざわざ校閲部の先輩やデスク・キャップのところに「これどう思う?」「こういうときどう言えばいいんだろう」などと相談しに来ていることがあって、それに的確に答えている姿を見ると信頼されているんだなあ、かっこいいなあと憧れます。あとは部の中でも、この人が読んでいるならっていう安心感を周りに与えられるような存在になっていきたいなと思います。そういう信頼っていうのは、やっぱり一日一日、一つ一つの積み重ねだと思うので、これからも頑張っていきたいです。

久野:最後に、今後に向けてアドバイスがあれば、ぜひお願いします!

斎藤:私がちょうど1年目の今ごろ、先生だった先輩に言っていただいたアドバイスなんだけど「そろそろ自分の仕事に慣れてきたところだと思うので、周りの仕事ぶりとかも観察して、いいところを取り入れたりして自分の糧にしていってください」と。そのままだけど(笑い)。やっぱり大事なことだったなあと思うので。

久野:ありがとうございます!

 

インタビューを終えて(久野)
 こんな機会はもうないかもしれないと、ここ最近「今さら聞くのもはずかしいなあ」と思っていたようなことも恥をしのんでさらけ出しました。話していく中で、お互いに「わかる!」と共感することが何度も。最初は神様のようにさえ見えた大先輩でも1年目の時は私と同じように、そして今も悩んだり試行錯誤したりしながら日々原稿に向き合っているということが伝わってきました。

 はっとさせられたのは、何度も出てきた「自分の目も感覚も信じられない」「自分が使ってきた言葉が正しいとも限らない」という言葉。普段、ついつい「知っている」「自分が正しい」と思ってしまう自分がいることに思い当たり、反省しました。

 入社からもうすぐ1年。「早く慣れたい」「もっとすらすら仕事をできるようになりたい」と焦ることもありましたが、校閲という仕事は自分が記事を書くのではなく、他人が書いた文章をチェックし、場合によっては問い合わせたり直したりする仕事。だからこそ、なるべく多くの資料に当たったり一度立ち止まって深く考えたりして時間の許す限り「悩み」続けることも大切なのではないかと改めて感じました。

 

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