格調高くシンプルな作りの「岩波国語辞典」。10年ぶりの改訂となる第8版(11月22日発売)は、いったい何が変わったか。また“岩国”とはどういう辞書なのか。担当編集者に聞きました。

 

岩波書店辞典編集部の赤峯裕子さん(左)と奈良林愛さん

 

半世紀以上前から言葉についてのよりどころとなってきた岩波国語辞典(岩国=いわこく)。格調高くシンプルな作りが印象的ですが、一方でお堅いイメージもあります。実際はどうなのでしょうか。11月22日発売の第8版の話を中心に岩国がどんな辞書なのか伺ってきました。

【聞き手/本間浩之・平山泉】

プロフィル
赤峯裕子(あかみね・ゆうこ)
1990年岩波書店入社、2005年辞典編集部配属。岩国第8版の編集責任者を務めた。

奈良林愛(ならばやし・あい)
2006年岩波書店入社、16年辞典編集部配属。広辞苑について聞いた記事に続き2回目の登場。

漱石から令和 「百年の日本語」

――今回の改訂で岩国の基本姿勢に変化はありましたか。第7版序文には「ごく最近の新語・俗用にはかなり保守的な態度となる」とありましたが。

◆赤峯さん 基本姿勢は「百年の日本語」。やはり差別化、すみ分けが必要です。(お笑い芸人で日本語学者の)サンキュータツオさんは、小型国語辞典のビッグ4(岩国、新明解国語辞典、三省堂国語辞典、明鏡国語辞典)の中に入れてくださっていますが、その中でも「売り」は100年の日本語を対象にするということです。ですからぎりぎり夏目漱石あたりから令和まで。日常の言葉として定着した言葉を入れていきますが、だからといって今の人間が聞いてよく分からないような言葉を削除していくわけにもいきません。

 

――新語を積極的に採用したり阪神タイガース仕様のものを作ったりして注目される三省堂国語辞典など他社のやり方が気になることはありませんか。

◆(阪神仕様のように)岩国がやるとするなら宝塚かなと(笑い)。話題性でいうと確かにそういう方法もあるんだなとは思いますね。ただ、なんとなく岩国がやるのは違うような気がします。

言葉の使い方で迷う部分に答えを示す

――よく、国語辞典の改訂といえば「こんな言葉が入りました」と売りにされ耳目を集めますが、岩国はそこではないということでしょうか。

◆出版社の担当スタッフとしては重なるので特に思うのですが、(同じ岩波書店刊行の)広辞苑とは違います。広辞苑は新しく入れたものを話題にしますが、岩国は違った打ち出し方をしたいです。しかしそうすると「岩国って何」ということにもなり宣伝文句が難しい。すると非常に地味で保守的になってしまいます。

岩国第8版のパンフレットから

 

◇奈良林さん 目新しい言葉を入れるよりは用法を丁寧にという方針です。岩国ならではの語類表示というものがありまして、自動詞なのか他動詞なのか、もしくはどちらとしても使うのか、また名詞だけでなく形容動詞としても使うか、さらに形容動詞の中でも連体形に「~の」の形があるかなど、言葉の使い方で迷う部分に答えを示すことを追求しています。

「きれい」第7版

 

――そういう点は校閲にぴったりです。自動詞か他動詞か、つまり「〜を」だと「する」になるのか「させる」になるのかがはっきり分かるのは心強く、最近は両方使えるという書かれ方が増えてきましたが、やや保守的な岩国が認めだしたら使っていいのだと我々としては安心できます。

追加2200項目。削除したのは?

――中身にはどのように手を加えていったのですか。

◆改訂となれば全項目を「あ」から見直していきます。2200項目追加し、元々あった項目もいろいろ書き加えました。ちょっとだけ削除も。

前回の第7版は前の編者の水谷静夫先生が削除項目を割と多く挙げられたので500項目くらい削除しました。今回は200項目くらいでその200も目立つものはありません。高校の授業で使えるように、以前は古語も入っていましたが、その古語の名残があってそれらを削除しました。古語辞典で引いてもらえばいいかなと。

 

――例えば何を削除しましたか。

◆「かつぎ〈被衣〉」という項目です。「衣被(きぬかつぎ)」を説明するために残していたようですが項目自体としてはまず引かれないので、きぬかつぎの方に「▽注記(さんかくちゅうき)」で説明することにしました。

第7版

 

――岩国の特徴として有名な「▽注記」ですね。

◆そう、便利な▽注記です。あとは隔靴掻痒(かっかそうよう)の掻痒だけで項目を立てていたのをやめました。掻痒から引くことはまずないだろうと。(「悪戦苦闘」のように)四字熟語を二つに分けて、分けた方も「~する」という形で使うのであれば残してもいいですが、「掻痒する」は使わないだろうと。

スポーツや介護の言葉、重点的に

――新たに入れた言葉をいくつか紹介してください。

◆オリンピックが近いからというわけではないですがスポーツの言葉を総ざらいしました。岩国はオーソドックスな辞書なので1964年の東京五輪の競技くらいしか入っていないのではないかと不安に駆られまして。来年の東京五輪で競技種目として入っているものくらいは入れました。あとは「eスポーツ」も採用しています。

 

――若者向けの競技は自分で体験していないものが多く説明が難しいですよね。

◆例えばボード系です。なにしろサーフィンはこれまで「遊び」として書いていましたから。これだとまずいので競技だということを記述しました。

第7版

 

――スポーツ以外にはありますか。

◆介護の言葉です。我々が気づかないだけですが、身近に介護を受けているとか介護している人間でないと気がつかない言葉がありまして。ある日テレビで射撃の競技を見ていて「立位」「座位」など種目が分けられていることが目に入りました。これらを入れるか迷っていてふと検索をかけてみると介護用語としてたくさん出てきました。本当に気づくかどうかって大きいなと思います。

 

――介護の言葉が少ないことは編集者が気づいたのですか。

◆きっかけは「移乗」という言葉でした。これは移乗攻撃といって海賊が襲う船にぴったりついて乗り移ることというような書き方しかしていなかったのですが、この言葉を今使う人がいるのかと疑問を持ちました。インターネットで調べてみると「車いすからベッドに移乗する」など山ほど出てきて「これ要るじゃん」と。それで介護ってどういう世界なのかと思い、介護用語集を買ってきて検討していきました。

第7版

 

◇そして福祉の分野にも検討対象を広げて、「オストメイト」や「ストーマ」など必要な言葉が増えていきました。

なぜか今まで載っていなかったもの

――「今までなぜこれが載ってなかったのか」という言葉はありますか。

◆「レフト」(笑い)

 

――野球のレフトですか?

◆「ライト」はもちろんあるのですが……。岩国は、つづりはどうであれカタカナの表記が一緒であれば一つの項目にするので「右」「権利」「明るい」などの語義を立てています。しかしレフトはレフトの守備以外でいつ使うのかと。今回も何回か見送られそうになりましたが誰かの何回目かの提案で入れることになりました。

漢字を見れば分かるというもので載っていないものがあって。例えば「校門」。また、複合語と考えられる「好奇心」「幻想的」などは用例にはあっても項目を立てていませんでした。好奇心は割といい意味で使われますが、「好奇な目で見る」というときはいい意味ばかりではありません。幻想的も幻想と幻想的では意味合いが違うので。これらは今回項目を立てましたが、項目を立てるか用例で入れるかという判断は難しい。

 

――レフトのように誰かの粘り勝ちみたいなことはよくありますか。

◆ありますね。一人では知っている言葉に限りがあります。自分の世界の言葉でしか考えられないので、何人か編集部に人間がいて「この言葉は?」と提起してくれないとやはり気づきません。いろいろな趣味、世界を持っている人が寄り集まった方が多くの言葉に網を掛けられます。

 

――編者の一人、柏野和佳子さん(国立国語研究所准教授)から、7版では「近間」は入っていて「近場」が入っていなかったと聞いて驚きました。

◆近場は今回、完成直前になって入りましたね。かなり前に読者から「今は近場といいますよね」と電話を受けたことがあります。近場は新しい言い方で、近間の間が分からなくなって近場となったと水谷先生に説明されていたのもあって、項目を立てていませんでした。

「近間」第7版

 

◆(奈良林さんに)自分で手直しが「うまくやれた」と思う項目はあった?

◇割と最近作業したので覚えているのは「泥臭い」という言葉の語釈に手を入れたことです。ラグビー・ワールドカップに関する記事などでも「泥臭いプレーでチームに貢献した」とよく使われましたが、昔は「田舎じみている」「あかぬけていない」といった服装などについての説明でした。今は「泥臭い営業をしろ」とビジネスの場などで「地道さ」を表現する言葉にもなっています。

第7版

「食う」→「食べる」語釈の表現も変化

――見出し語や語釈の表記の仕方などについてはどうですか。

◇略語的な形のほうを多く使う、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をどういうふうに入れるかなど悩みました。

見出し語について、最近の表記の傾向に合わせて改めることは積極的にしました。例えば「サキソホン」を「サキソフォン」に変えるなど。

昔からある言葉で、現代だからこそ詳しい説明が必要になったものもあります。例えば「かごめ」。子供の遊びくらいしか書いていませんでしたが、今となっては「かごめかごめ」の遊び方を知らない人もいるだろうということで詳しく書きました。

また、「減ずる」や「感ずる」のような言葉を、逐一「減じる」「感じる」のように直していったり、語釈にあった「~しない前に」のような表現を、「~する前に」のように直したりしました。今だと「雨が降る前に帰ろう」と言うのが普通だと思いますが、ひと昔前は、「雨が降らない前に帰ろう」の言い方もよく使われたのですね。

「雨が降らない前に帰ろう」第7版

 

◆それらは今回の先生たちと一致して変えようとなりました。この言い方じゃない方がいいよねと。

他にも例えば「食う」で説明しているものもたくさんありましたが、人間の場合は「食べる」で説明していいと。その際、「○○食い」という項目自体は食うという言葉を使っているのに語釈は「食べる」にしていいのか悩みましたが、人間が食べるものは食べるにしようとなりました。動物の時は食うでいいかなと。

「居(お)る」は尊大な言い方か

――次に持ち越さざるを得なかったことはありますか。

◆日常生活には使われないような言葉として、▽注記で「雅語的、文語的」とありますが、「日常とは何か」と気になりだしました。要するに、方言のある地方だと日常会話は方言になる。普通の国語辞典だと標準語、東京の言葉を中心にした言葉で書いてあるから「おる」という言葉が尊大だとあります。しかし、私は西の人間だからかまったくそんな気持ちがありません。「おられます」は本当に敬語のつもりで使っています。

第7版

 

日常で話す言葉って何だろうと。一人じゃどうにもならないので先生方と相談して「次回に」という形になりました。標準語を書き表すときにこの形というものは確かにあります。しかし標準語を会話でというと……ゆっくり考えます。岩国でできることなのかどうか……。

(つづく)

「第7版新版」について
岩国は2009年の第7版の後、11年に第7版新版が発行されたが、10年の常用漢字・人名用漢字の改定を受けて主に漢字表記に関わる情報を改めたものであり、本稿では7版新版も併せて「7版」と表記した。

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