教科書の横書きで読点が「、」でなく「,」(カンマ)なのはなぜか。「右」「木」「女」は、世代などによって書く字形が分かれている−−。文化庁国語課の武田康宏・国語調査官に、公用文の基準や、手書き文字と印刷文字の関係などについて聞きました。


2018、19年公表の文化庁「国語に関する世論調査」でも問いがあった公用文の表記は、現在、文化審議会国語分科会で議論されています。これは、日本語全般にかかわってくる面もあるかもしれません。「国語に関する世論調査」の話に続き、公用文の基準や、印刷文字と手書き文字の関係について、文化庁国語課の武田康宏・国語調査官(写真右)に聞きました。

公用文は「漢字で書けるものは漢字で」

武田さん:平成29年度の世論調査では公用文の表記のこと、例えば「若しくは」と書くことについても聞きました。一般の方にとっては見慣れない表記だと思うのですが、新聞の現場の皆さんはどう受け止められますか。

公用文の表記について=2017年(平成29)年度

 

 ーー常用漢字表で使えるのだというところが意外でした。現場ではひらがなで書いてあるものをわざわざ漢字にすることはしないので、「もしくは」を「若しくは」と直すことはないのですが。

 

武田さん:新聞では、表内にあっても、必ず漢字を使うとは限らないんですよね。

 

 ーー交ぜ書きはしないとかはありますが、漢字で書かなければいけないというふうにはしていません。

 

武田さん:接続詞は原則として仮名書きなのですが「若しくは」「及び」「又は」「並びに」の4語については、漢字を使うことになっています。公用文には、細かなルールがありますが、基本は「常用漢字表にある漢字で書けるものは漢字で書く」という考え方ですね。例えば、副詞の「飽くまでも」とか「正に」とか、そういうのも漢字で書くのが原則です。

 今、公用文について審議会で議論していただいてますが、もともと「公用文作成の要領」は昭和26(1951)年の国語審議会の建議で、内容が古いんですね。例えば和文のタイプライターのことが書いてある。当然ですが、現在のインターネットやSNSのようなものは想定されていません。

 現在の審議会では現代の状況に対応できるような考え方を議論していただいています。公用文に限らず、日本語全体に関わるような話題も出ていました。たとえば、日本語ではクエスチョンマークを使わないのが正しいと考えている方もいらっしゃいますが、それでは文脈によってはわかりにくい場合もあります。

横書きの読点が「,」の理由

 ――教科書の横書きで読点にカンマを使用しているのに違和感があります。

 

武田さん:数は少ないですが「、」を使っている教科書もありますから、必ずカンマを使わないといけないというわけではないんです。それでも「公用文作成の要領」にある「句読点は、横書きでは『,』および『。』を用いる」というルールに各社が従っているということだと思います。わたしも文化庁に来たばかりの頃は、読点にカンマを使うのはちょっと気持ち悪かったですが案外慣れるもので、今ではむしろテンの方に違和感を覚えます。

「公用文作成の要領」より

 

 戦後すぐにできた文部省の表記の基準では、当初、左横書きではカンマとピリオドを使うことになっていたんですね。それが「,」と「。」を使うということで落ち着きました。これは、欧文では単語と単語の間に空白があるけれど、和文ではないので、ピリオドでは見にくいということがあったからとも聞いています。

 国の公用文を横書きにするというのは「公用文作成の要領」以前からそういう趣旨の通知が出ていたんですが、なかなか広まらなかったようで、昭和30年代になってもすぐには定着しませんでした。それだけ、横書きを使うということ自体が新しかったということだと思います。それで、欧文に従って、カンマということになったのでしょう。

「右」「木」「女」どう書く?

 ――教科書の話が出ましたが、現場の先生から「三角形のルビを『さんかくけい』『さんかっけい』のどちらかに統一してほしい」と言われたという話を教科書会社の人に聞いたことがあります。

 

武田さん:指導に当たって、揺るぎない基準を求める先生方の気持ちはよく分かります。小学生にどちらでもいいよ、とはなかなか言えませんし。字形の話でも「はねても止めてもいい」と言っても、なかなか受け入れられない先生も少なからずいらっしゃると思います。

 ただ、例えば、漢字「右」の「ノと口を離して書きなさい」と先生から指導される場合と、逆に「ノと口をくっつけて書きなさい」と指導される場合とあって、どちらからも相談を受けたことがあります。本当はどちらでも問題ないのですが、とても細かいところで○と×を決めてしまうようなケースがある。

常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)より

 

 なぜこういうことが起きるかというと、教科書会社ごとに、使っているフォントの形が微妙に違うからなんですね。それ自体は、全く問題のないことです。ただ、教科書に準拠した教材や解説書なども教科書のフォントに合わせて作られるので、骨組みさえ一緒なら、微細な違いがあってもいいのだという知識がないと、本来は問題にしなくていいようなところにまで注意が向いてしまうこともあるようです。

 以前、大学生たちとお話をしたとき、木の縦棒の下について、はねるか止めるかスライドで示しながらどちらが正しいか聞いたんですが、数十人いた教室の全員が止める方だけが正しいと答えました。ある意味それだけ徹底されているんですね。これには、小学校学習指導要領の学年別漢字配当表に示された字形が影響している面があります。

常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)より

 

 女の字の一とノをノの頭が出るように書くか、出ないように書くかは世代によって意識が分かれています。私は出ない形で習いましたが、昭和50年代以降に小学校に入学した人は、出るようにと習っている場合が多いと思います。これも学年別漢字配当表との関係ですね。

常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)より

手書き文字と印刷文字の間

 ーーフォントによっては、常用漢字表や表外漢字字体表の字体に合わないものも多いですよね。

 

武田さん:字体というよりは字形の問題ですが、学参書体というのがあります。教科書体と明朝体の間くらいの字で、ぱっと見た感じは明朝体なんですが、例えばしんにょうが明朝体とは違って揺すってある。中学校の教科書で使われるようになってきています。

学参書体の見本(モリサワ)

 教科書体は手書きの楷書にもとづいていて、印刷文字である明朝体とは字形に違いがあります。かつては、手書き文字とそれに近い教科書体から印刷文字である明朝体への「わたり」(移行)が問題になることはそれほどなかったのですが、手書きする機会が減ってきたために、このわたりが難しくなっているんだと思います。それで、いわば先回りするように学参書体のようなものが重宝されているのかもしれません。

 昭和24(1949)年の当用漢字字体表の影響力はとても大きくて、その後、多くの印刷文字はこの字体表に示された形に沿うようにつくられてきました。でも最近は学参書体のように、かなり独特な印刷文字の書体も現れてきていますね。もちろん、骨組みが同じであれば同じ漢字として認められるわけですから、問題があるわけではありません。手書きと印刷文字には形の上で習慣の違いがあること、そして、印刷文字にもいろいろな特徴を持った書体があること、そういったことを理解しておくことが大切になると思います。

 

プロフィル
武田康宏(たけだ・やすひろ

文化庁国語課の国語調査官。高校の教員(国語)を務めたあと2008年から現職。「国語に関する世論調査」は08年から13年まで直接担当し、現在は「後見のような立場」。1966年生まれ。

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