「なぜ新聞では『ふるさと』を『故郷』と書かずに『古里』と書くのか?」。しばしば頂く質問です。今は「生まれ育った土地」という意味で使われることが多い「ふるさと」ですが、元々もう少し広い意味があることも理由の一つです。

 読者の皆さんは「ふるさと」という語を普通の文脈で書く場合、どう表記されるでしょう。平仮名で「ふるさと」でしょうか。それとも漢字で「故郷」でしょうか。はたまた別の漢字で「古里」と書かれるでしょうか。片仮名で「フルサト」と書くのはやや特殊な文脈の場合だと思いますので、前記3通りが普通に考えられるところでしょう。

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「こきょう」と読む場合は「故郷」

 新聞の表記は、国で定めた「一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安」とされる常用漢字表にほぼ準拠しています。「ふるさと」についても平仮名で書く分には問題ありませんが、漢字で書く場合は制約が出てきます。

 常用漢字表には、「故郷」の「故」に「ふる」という読みがありませんし、「郷」にも「さと」の読みがありません。すなわち新聞に「故郷」とあれば、読み方はすべて「こきょう」です。しかし「古」には「ふる」の、「里」にも「さと」の読みが、常用漢字表にあるのです。そこで「ふるさと」と読んでほしいときの漢字表記は「古里」とすることになります。

 これは毎日新聞だけではありません。通信社や放送局も含む日本新聞協会の用語懇談会で合意された同協会の新聞用語集でそう取り決めているため、新聞ではおおむね「古里」の表記を用いています。

 過去の毎日新聞の用語集を見ますと、1956(昭和31)年版の用語集に既に「古里(△故里)」という項があります。△は本社では用いない表記を意味しており、「故里」は使わず「古里」を使うという意味の記載です。常用漢字表ができたのは81年ですから、46年に制定した当用漢字表に準拠していたころに既に「古里」の表記を標準としていたわけです。

「故郷」より広い意味だった「ふるさと」

 辞書で「ふるさと」の項を見てみますと、ほぼどの辞書も漢字表記の欄に「古里」がありますから、それなりに標準的な表記と認められていることが分かります。たとえば2014年1月10日発行の三省堂国語辞典第7版を見ますと「ふるさと[(古里)・(▽故里)・(▽故▽郷)](名)自分が生まれ(育っ)た土地。故郷(コキョウ)」とあります。比較的新しい辞書はコンパクトなこともあってか、このように「自分が生まれ育った土地」という意味だけを載せているものがあります。しかし、少し古い辞書を引きますと、意味が何種類か記載されているものもあるのです。

 52(昭和27)年に発行された同じ三省堂の「辞海」には「ふるさと【古里】(名)(一)ふるびてあれた里。(二)昔、物事のあった里。由緒(ゆいしょ)のある土地。(三)自分の生まれ、又は幼少の時をすごした土地。故郷(こきょう)。(四)一度住んだことのある土地。かつておとずれた事のある土地」と四つの意味が載っています。

「辞海」(三省堂、1952年)の「ふるさと」

 

 現在、「ふるさと」というと(三)の「故郷」の意味で使うことがほとんどですが、「ふるさと」という言葉はもともと、もう少し広い意味を持っていたと言えるでしょう。「ふるさと」=「故郷」ではなく、「ふるさと」≧「故郷」だったのです。ですから、辞海の「ふるさと」の主たる漢字表記は「古里」なわけです。新聞としても、「ふるさと」に「故郷」を当てると「ふるさと」が持つ他の含意を排除することになりかねないため、50年代の用語担当者としては慎重にならざるを得なかったのだと思います。

今は「生まれ育った土地」が多いが

 それでも、言葉は意味も形も変化していきます。「ふるさと」という言葉も、辞海の言う(三)の意味で専ら使われ、他の意味で使われることは減ってきました。それに伴い、読者の方から「古里」の表記に違和感があるというご指摘をいただくこともあります。

 10年12月1日発行の明鏡国語辞典第2版を見ると「ふるさと【古里(▽故里・▽故▽郷)】〔名〕(1)自分の生まれ育った土地。故郷(こきょう)。郷里。(2)物事の発祥地。また、その源となるところ。『民謡の―』『心の―』」との記述の後に、「表記」という注釈項目を立てて「もと『故郷』が好まれたが、近年は新聞の影響で『古里』が盛ん」とあり、「古里」の表記は「新聞の影響」とはっきり書かれています。

明鏡国語辞典2版の「ふるさと」

 

 「ふるさと」という言葉の持つ意味が「自分が生まれ育った土地」が専らになってきたのは、「兎(うさぎ)追いしかの山」や「遠きにありて思ふもの」のような歌や詩の影響も大きいのではないでしょうか。人の心の奥に届く詩歌の力は本当にすごいと思います。それらを踏まえた上でなお、辞海の言う(一)(二)(四)のニュアンスも大事にできないものか、とも思うのです。

【松居秀記】

 

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