将棋は「指す」、囲碁は「打つ」。ではオセロは?という質問をいただきました。結論からいうと「“正式”にはオセロを打つ、石を打つ。それで違和感があるならオセロをする、駒を置くなどでもよい」といった捉え方ができるのではないでしょうか。


 将棋は「指す」、囲碁は「打つ」。先日、そんな投稿があり、ではオセロはどっち?という質問をいただいたので、ちょっと探ってみました。

“正式”には「打つ」のようだが・・・

 1970年代に最初の版が出たオセロゲームの解説書に、その名もずばり「オセロの打ち方」があります。また日本オセロ連盟による「競技ルール」の中に「石を打ち、挟んだ石を返して」などの表現がみられることから、対局することも一手一手の着手も「打つ」というのがいわば正式な言い方と思われます。ただ……。

 一般的な感覚に照らすとどうなのでしょうか。オセロを「指す」はさすがにあまり言わないとして、「打つ」も何となく違和感があるのでは。黒と白のアレを「石」と呼ぶことについても、子供の頃に熱中し大会などでなじんでいる私(筆者)でさえ、普段の会話では避けそうです。マニアックな響きというか、囲碁と混同したような感じというか、どことなく据わりの悪さを覚えるのです。職場で聞いた数人もほぼ同意見でした。

「する」「やる」「戦う」が自然?

 辞書でオセロを引いてみます。「縦横8ずつ計64のますの盤と、白と黒の二面の丸い駒を使う二人用のゲーム。交互に必ず相手の駒を挟むように駒を置き、挟んだ駒を自分の色に変えてその数を競う」(大辞泉)。このように「駒」という言葉で説明する辞書がいくつもあります。将棋、チェス、すごろくなどで盤上に並べるものを広く表せるからでしょう。一手一手の着手を「置く」と言うのも自然です。でも対局すること自体を何と言うかは難しいですね。同僚たちに聞いてみても「やる」「する」「戦う」「楽しむ」などを文脈に合わせて使う以外にこれといった表現は浮かびません。

by Tatsuo Yamashita

「打つ」は“一般的な動詞”

 いったんオセロを離れ、チェスに目を転じてみましょう。日本チェス協会のサイトにこんなことが書かれていました。

駒を動かすことを将棋では「指す」というが、これは将棋の駒を動かす手の形を表したものだ。チェスでも、将棋に合わせて「指す」と言う人もいるが、チェスの駒を動かす形を示していない。囲碁では「打つ」と言うが、この「打つ」という言葉は一般的な動詞で(中略)たまにチェスを「打つ」という人もいるが、間違いというわけではなく、囲碁を連想する必要はない


 ではチェスを「指す」とは言わないのかと思いきや、同協会が示すルール「チェス棋約」には「次の手を指した後で」などの表現がみられますし、毎日新聞の記事でも「チェスを指す」は普通に出てきます。そもそも将棋に類似したゲームなので問題ないでしょう。それより注目したいのは「打つという言葉は一般的な動詞で囲碁を連想する必要はない」という部分です。たしかに「打つ」は「勝負事やばくちをする」(大辞林)、「碁、すごろくなどの遊戯をする」(日本国語大辞典)と本来広い意味で使える語で、「チェスを打つ」までOKなのだとしたら、オセロでおかしいという根拠はないということになるかもしれませんね。

 あくまで感じ方の問題で、今のところ明確な結論に至っていませんが、「“正式”にはオセロを打つ、石を打つ。それで違和感があるならオセロをする、駒を置くなどでもよい」といった捉え方ができるのではないでしょうか。その世界での正式な呼び方が、世間一般とは少し違う。そんな例の一つだと思います。

【宮城理志】

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