新元号「令和」に関連して、大正への改元について記事データベースで探していて、当時の東京日日新聞で「とんでもないもの」を見てしまいました。元号「大正」の見出しに「たいせい」とルビがあるではありませんか‥‥

スポンサーリンク

間違いやすい?元号の読み方

やはり「めいわ」と聞き違えた人がいたか。菅義偉官房長官が新元号「令和」を発表した1日の記者会見で、手話通訳者が新元号の読み方を「れいわ」ではなく「めいわ」と誤って伝えたとの記事に接し、あのテレビ中継で私も「めいわ?」と誤って聞こえたことを思い出しました。

「新しい元号は『れいわ』であります」という宣言の後、官房長官はおもむろに文字を掲げたのですが、手話通訳には事前に情報が与えられていなかったそうです。その問題はおくとしても、漢字を掲げると同時に読みを言ってくれれば誤りを防げたのではないでしょうか。

ただし、人名もそういうものが多いのですが、初めて見る元号は漢字だけでは読み方がわかるとは限りません。今回の発表日の4月1日毎日新聞号外と夕刊では、大見出し「令和」に「れいわ」と入っていました。

 

2019年4月1日の毎日新聞夕刊(東京本社版)

 

さて、元号のルビではかつて、毎日新聞は失敗したことがあります。

大正への改元について毎日新聞記事データベースで探していて、当時の東京日日新聞に「とんでもないものを見てしまった」と思った記事がありました。

「大正」初報で「たいせい」に

明治天皇は1912(明治45)年7月30日午前0時43分に死去し、同日中に次の元号が決まりました。それを報じる「明治四十五年七月三十一日」という欄外の2面と3面です。元号「大正」の見出しに「たいせい」とルビがあるではありませんか。

 

明治45年7月31日の東京日日新聞3面

 

見出しだけではなく「卅(さんじゅう)日の枢密院會議に於て諮詢せられたる元號制定は兪大正と決したり其故事は公羊傳に君子大居正又易に曰く大亨以正天之道也といふ字句より出でたりと確聞す」とある記事にも「たいせい」とあるのが読み取れます。

まさに歴史的誤報。合併前の大阪毎日新聞でも同様に「たいせい」でした。

翌日「たいしやう」に直る

翌日「大正元年八月一日」の東京日日新聞2面は「大正(たいしやう)と改元」と旧かなの正しいルビになっています。3面には「●元號稱呼」という見出しで「元號の稱呼左(さ)の如し(内閣告示第一号) 大正(タイシヤウ)」とあります。

大正元年8月1日の東京日日新聞2面

 

経緯は分かりませんが、7月30日時点で記者がつかんだ情報では「たいせい」だったけれど内閣告示では違っていたのかもしれません。想像するに、改元発表のテレビ中継のない当時は、読みは副次的なものとみなされ漢字のみが知らされたのでしょうか。

「本当の読み方」 わからない元号も

ところで、歴史で習ったはずの元号には意外と読み方があやふやなものがありませんか。以前、毎日新聞のコラムで「享保」に「きょうほ」とルビがあり、「きょうほう」ではないかと問い合わせがありました。それに対し、校閲としては次のようにお返事しました。
 

どちらも誤りではないと言えます。たとえば日本国語大辞典は両方とも項目語になっていて、「きょうほ」を引きますと「→きょうほう(享保)」としています。現在は、どちらかというと「きょうほう」が一般的のようです。

日本史の事典類は「きょうほ」としているものが複数あります。たとえば京都大学文学部国史研究室編の「改訂増補日本史辞典」(東京創元新社)や岩波小辞典「日本史」の第1版第1刷などがそうです。これらを見ますと、少し前には「きょうほ」が一般的だった時期があり、そのころの関係書籍は「きょうほ」としているものが多いようです。柏書房「現代こよみ読み解き事典」によりますと、年号の読み方はなかなか本当の読み方がわからないものが多く、実際に当時どう読んだかわからないものが少なくないそうです。

 

筆者は「きょうほ」で習ってそう覚えていたということです。無理からぬところもありますが、「きょうほう」というのが現在では一般的であることにかんがみると、結果的に「きょうほう」としておいた方が無難だったといえるでしょう。

今回の令和発表時の4月2日毎日新聞特集面でこれまでの248の元号一覧を載せたのですが、やはり享保は「きょうほう」となっていました。「元号の読み方や時代区分については、資料により異なるものもある」という注釈付きですが……。

【岩佐義樹】

スポンサーリンク

フォローすると最新情報が届きます

Twitter

おすすめ