人工知能の時代に求められる、コンピューターで処理しやすい日本語とはどういうものか。大事なのは「変換ミスに注意」「簡潔に」「わかりやすく言い換えて」「読点の工夫を」。新聞校閲で追求している「わかりやすさ」に通じるものでした。

「特許ライティングマニュアル」(日本特許情報機構特許情報研究所)にある言い換えルール

 

 2月21日に開かれた「産業日本語研究会」のシンポジウムを聞いてきました。研究会の存在すら知らなかったのですが、世話人を務めているという国立国語研究所の柏野和佳子さんが誘ってくださったのでした。

スポンサーリンク

コンピューターで処理しやすい日本語

 「産業日本語」とは……「産業・技術情報を人に理解しやすく、かつ、コンピューター(機械)にも処理しやすく表現するための日本語」と研究会は定義しています。発足は2009年、シンポジウムは10回目だそうで、今回のテーマは「人工知能時代の産業日本語〜分かりやすい日本語の実現に向けて〜」。なんだか難しそうですが、人工知能(AI)時代の校閲はどうなる?といったことが話題になることもあるので、参考になるかもしれないと思いながら聞きました。

産業日本語研究会シンポジウム資料より

 

 最初に、世話人会代表で豊橋技術科学大教授の井佐原均さんが「産業日本語」の歴史に沿って説明。言葉が人に理解されるべきであることと同様に、コンピューターに処理しやすいようにもすべきであり、それが産業に寄与していく——という発想から生まれた概念だそうです。日本語の研究、日本語学というと、どうしても文学など文科系のイメージしか湧きませんが、会場を見回すといかにもビジネスマンという感じの方ばかりです。懇親会でお話しした中にはプラントメーカーの方もいました。

校閲が追求する「わかりやすさ」と同じ?

 AIの発達には大量のデータ処理が必要だが、そこには言語データも当然含まれており、処理しやすいデータを得るために日本語を「改善」しなければならない——というのですが、考えたことのない視点でした。コンピューターの「わかりやすさ」は、校閲の仕事上で追求している「わかりやすさ」とつながりがあるでしょうか。

 同様の発想からか、「招待講演」は朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長の前田安正さんでした。以前、日本新聞協会用語懇談会の場でよくお会いしましたが、最近も文章術の本を出すなどご活躍のようです。

 講演は、学生たちが社会人になってまずつまずくのがビジネス文書の書き方だとして、「第三者に伝える文書はどうあるべきか」を明快に解説。新聞記事でよく言われる「5W1H」ですが、前田さんは「WHY」が抜け落ちがちだと指摘します。このWHYを意識して書くことで、単なる状況報告でなく、第三者との意思疎通ができるような内容になると説明していきました。前田さんは小学生たちを対象にした作文教室も開いており、そこでもWHYを加えるよう働きかけると、子供たちの文が次第に豊かなものになり、書くことを楽しめるようにもなったそうです。

 同じ校閲に携わる筆者ですが、日ごろ記者の書いてくる文章に手を入れているものの、文章術のようなことも書くこと自体も苦手としています。それでも、「わかりやすさ」を大切にするならば、前田さんのように筋立てて文章の書き方を教えることができるくらいでないといけないかなと考えさせられました。

顔が見えない相手に的確に伝える

 次の招待講演は国立国語研究所教授の石黒圭さんでした。タイトルは「わかりやすいビジネス文書の条件」で、クラウドソーシングというインターネット上の(つまり顔の見えない)やり取りを取り上げて日本語の問題点について解説していきました。近年、顔の見えない相手に対して的確に伝えるべき場面が増えており、ビジネス文書の在り方が変わってきたといいます。石黒さんの専門は日本語教育で、企業の内外、ネット上のみのやり取り、さらには学生向け、外国人向けなどさまざまな方面の教育プログラムに役立てられると考えているそうです。

 「言語の伝達機能の分析には『悪文』が有効である」として、問題点をつぶしていきながら解説しました。筆者が研修の講師や講演をする際、誤りを仕込んだダミー紙面を用意して参加者にチェックしてもらうのですが、それと共通する手法だと感じました。初めから良い文を見せて「これが正解」と言うのでなく、まず誤りのある文を読んでもらい、どこに問題があるか考えてもらう。それによって、「誤り」はさりげなく隠れていること、けれど注意深く読めば気づくことができることを実感できるのです。

読み手への配慮を言葉に反映させる

 石黒さんは問題点を「表記」「語彙(ごい)」「文法」「情報」「知識」に分類しました。

 「表記」では、やはり漢字の変換ミスが中心になります。「以外・意外」といったものだけでなく「2字漢語・2時間後」という変換の「切り分けミス」の例に、「あるある!」と思わずつぶやきました。

 「語彙」では、例えば「ごみを分類」→「ごみを分別」のように、ふさわしい語を選ぶというもの。また、副詞の使用はあいまいになる恐れがあり、「主に産業日本語について扱います」と言うと「主に」以外はどうなのかがわからないと説明しました。新聞記事でも副詞には気をつけた方がよさそうです。

 「文法」面では、「月曜日と火曜日の午前中なら……」は「月曜終日と火曜の午前」なのか、「月曜午前と火曜の午前」なのかがわかりません。

 また、

「質問の内容に沿った、質問1から4までつながるように文章の作成をお願いします」

 という文は、

「質問の内容に沿って、質問1から4までがつながるように文章の作成をお願いします」

「質問1から4までがつながるような、質問の内容に沿った文章の作成をお願いします」

 と、わかりやすく直す例を示しました。

 「情報」については正確さが大切なこと、さらに多すぎても少なすぎてもいけないといった話、「知識」面では専門用語を説明なしに使ってはいけないという話などがありました。

 石黒さんは、読み手に対する配慮をどこまで言葉の中に反映させられるか、どんなふうに取り出してデータ化してAIの研究などにつなげられるかということが今後重要になるとまとめました。

 文の誤りを日々扱っている校閲ですが、このように問題点を整理することはほとんどありません。この講演を参考にまずはインターンシップ講座や新人研修で生かせるかなと思います。

「言い方」は無限 伝えるテクニック

 次はなんと落語家の柳亭こみちさんの特別講演です。単に落語を楽しもうということだけでなく、「一つのせりふに込める思い」という言葉の伝え方の「講義」でもあります。石黒さんの講演は顔の見えない相手との文章によるやり取りについてでしたが、落語は顔こそ見えるものの舞台装置も音響も小道具もない、扇子と手ぬぐい、そして言葉だけです。独特の「伝える」テクニックが必要です。

 修業の厳しさを面白おかしく語りましたが、前座時代に許された言葉は「おはようございます」「はい」「ありがとうございます」「すみません」「わかりません」「いただきます」「ごちそうさま」だけだったそうです。いかにもおしゃべりな人たちの世界で、たったこれだけ。しかし、「言い方」は無限にあり、それによって相手の心持ちも変わる。言葉は多ければよいというわけではない——また違った意味で言葉の力を実感しました。

 落語も一席披露されました。内容ももちろん楽しかったのですが、言葉が発せられるたびに、聞いているこちらと「呼吸」が合わされていくことに感じ入りました。

新聞校閲は「AIにもわかるように」

 その後、産業日本語研究会のさまざまな分科会活動の報告や、特許文書のマニュアル改訂版の紹介、自動翻訳技術についての発表などがありました。

 ポスター発表会場で改訂「特許ライティングマニュアル」をいただきました。特許といいますが、新聞記事を書く際にも心がけるべきことが並んでいます。これも筆者が講座や研修の講師をする際、資料作成に役立つと思いました。

 聞きながら……なんだか頭がくらくらしてきました。AI、システム開発といった言葉は挟まりますが、「わかりやすい言葉で」「変換ミスに注意」「簡潔に」「読点を工夫して」「言い換えを」——日々校閲記者の目の前にあることです。これは新聞だから、記事を読者に伝える仕事だからで、自分たちだけのもののように思っていました。しかし、ビジネスだAIだという世界で同じことが課題になっており、こうしてシンポジウムまで開かれているということに驚き、戸惑ったのです。

特許ライティングマニュアルより

 

 とはいえ、意を強くしました。講演で例示された「月曜終日と火曜の午前なのか、月曜午前と火曜の午前なのか」を明確にするような直しをすることは日々の校閲作業でもありますが、「こんな細かい直しをする意味があるのだろうか」と思ってしまうこともありました。「顔の見えない」読者のためにということを支えに校閲してきましたが、この先「AIにだってわかるようにしなきゃ」ということにも……AI時代の校閲も忙しそうです。

【平山泉】

スポンサーリンク

フォローすると最新情報が届きます

Twitter

おすすめ