日本初公開の中国・唐時代の書家、顔真卿の肉筆「祭姪文稿」。書の最高峰とされますがこの名を読めた人は2割でした。書き損じも多い画像をみて「どうしてこれが名筆?」と思われた方も多いかもしれません。この特別展にちなんだクイズのまとめです。

 

〈祭姪文稿 顔真卿筆 唐時代・乾元元年(758) 台北 國立故宮博物館蔵〉

 

 昨年末に唐の書家、顔真卿にまつわるクイズを出題しました。1月16日から東京・上野の東京国立博物館・平成館で開催される特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」(毎日新聞社主催)にちなんだ問題でした。

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祭姪文稿 なぜ書の最高峰か

 今回の目玉である書「祭姪文稿」(さいてつぶんこう)の画像(冒頭)を毎日新聞紙面やインターネットなどでご覧になった方は「どうしてこれが名筆?」と思われた方も多いのではないでしょうか。事実、毎日新聞の編集局でも「俺でも書けそうだ」などという声が上がりました。

 顔真卿には堂々とした一糸乱れぬ楷書もあるのですが、この「祭姪文稿」は整った筆跡とはとても言い難く書き損じも所々にあります。なぜこれが書の最高峰といわれるほど評価が高いのでしょう。

 唐突ですが、高校書道部を舞台にした「とめはねっ!」(河合克敏、小学館)という漫画があります。ラブコメの要素も多分にありますが、有名な書も紹介されています。全14巻の最終巻で顔真卿が効果的に登場。「祭姪文稿」が名筆と呼ばれる理由の一端がここに記されています。

 主人公は「書の甲子園」(これも毎日新聞社主催)に出品する書の構想がまとまらず悩んでいました。以下、彼を指導する書家との会話です。

――顔真卿の代表的な書に、「祭姪文稿」「争座位稿」「祭伯文稿」の「三稿」と呼ばれるものがある、稿とは下書きのことじゃ。下書きが傑作と呼ばれとるのじゃ。

――へえ! そんなに上手いのですか?

――上手いというより、気持ちが込もっているのじゃ! 特に「祭姪文稿」は、顔真卿のおいの顔季明が、父である顔杲卿(こうけい)の目の前で首を刎(は)ねられるという、残酷な出来事に対する顔真卿の悲憤極まりない激情にあふれておる。

 主人公は「作為ではない純粋な気持ち」を込めて書くことに目覚め、筆を執ります。

 この場面の前に出てくる井上有一や、榊莫山など、顔真卿に影響を受けた書家は多いようです。その「祭姪文稿」の実物が日本で見られる初めての機会が来たのです。2月24日までと、それほど長い期間ではありませんのでお見逃しなく。

 さて宣伝はそのくらいにして、クイズについてのまとめをしましょう。

頭の中で警報が鳴る漢字

答え

(正解率 32%)

「顔真卿は唐の都長安(現在の陜西省西安市)に生まれた」のうち陜西省の「陜」の字が誤り。正しくは「陝」で「人」ではなく「入」が二つ入った字が正しい。陝西省は「せんせいしょう」と読む。「陜」は「キョウ」などと読む。

(2018年12月17日)

選択肢と回答割合

32%
33%
35%

 初めは文章の中の間違いを見つける問題。3択で見事に分かれ正解率は32%となりました。事実関係の間違いと思った方もいらっしゃるかもしれません。ただ校閲の仕事とはおしなべて、膨大な文章の中から字の間違いや平仮名の脱字がないか、はたまた事実関係の間違いがないか、そもそも間違いがあるかどうかも分からないまま一つ一つ確認していく作業なのです。

 その中でもどういう漢字が間違えやすいかの知識が、経験を重ねた校閲記者には蓄えられています。中国の「陝西省」はその一つ。活字の時代からよくあった間違いですが、パソコンでは「せんせいしょう」と入力すれば必ず正しい字に変換してくれると思いきや、いまだに「陜西省」という誤字はインターネットで数十万件見いだせます。校閲記者の頭の中ではこの省の名を見るたびに警報が鳴り、つくりの字に目をこらし「入」が入っているか、「人」が入ってないかを見定めることになるのです。

思ったほど知られていない?書聖

答え
×「王義之」
(正解率 59%)

正しくは「王羲之」。「羲」を「義」と誤る例はとても多い。もしかしたら「羲」が「義」の旧字のように思われているのかもしれないが、別の字である。王羲之は書聖と呼ばれる。ちなみに特別展「顔真卿」の副題は「王羲之を超えた名筆」。

(2018年12月18日)

選択肢と回答割合

王義之 59%
欧陽詢 31%
虞世南 11%

 書家の誤字を選ぶ問題で59%という正解率は、この3人の中で最も有名なのが王羲之だと思っていた割には低いという印象です。でもこの漢字の誤りは実際の原稿でもよく出てきますので、思ったほどこの書聖の名は知られていないのかもしれません。

 ちなみにいま書いているパソコンで「おうぎし」と入力すると「王義之」という誤字が選択肢に出てきて驚きました。おそらく出題者が誤りの選択肢として「王義之」と入力しているうちにパソコンが「王義之」という字を勝手に変換候補にしてしまったと思われます。技術が進歩するほどいつの間にか機械が変換ミスを増やしているのではないかと心配になります。でもいくら誤字が機械に表示されようと結局は選択するのは人間ですから「変換ミス」ではなく「選択ミス」という方が正確でしょう。

日本語の「めい」と違う「姪」

答え
さいてつぶんこう
(正解率 20%)

「姪」の音読みは「テツ」。古くは今の日本の「めい」とは違い、「おい」の意味もあった。祭姪文稿の「姪」は、直接にはいとこの子顔季明を指す。安禄山の反乱時に惨殺された親族を祭るための文章の草稿が「祭姪文稿」。

(2018年12月19日)

選択肢と回答割合

さいめいぶんこう 16%
さいしぶんこう 64%
さいてつぶんこう 20%

 「祭姪文稿」は読みを問う当ホームページでの「読めますか?」の1年ぶりの特別復活。でもこの書を知らないと「姪」を「てつ」と読むなんて難しすぎるでしょう。事実、正解率は20%と今回のクイズの中で最低となりました。

 「姪」の意味も日本語の「めい」と随分違っています。この文章はいとこの息子、顔季明への追悼ですから「おい」というのも正確といえません。だからこの書を紹介する文章で「顔真卿の姪」に「めい」とルビを振ってはいけません。「めい」という日本語を避けながら関係を説明することが必要になります。

60年に1度めぐる「干支」

答え
戊戌
(正解率 52%)

「ぼじゅつ」とも「つちのえいぬ」とも読む。「祭姪文稿」が書かれたのは758年の戊戌の年。なお2018年も戊戌だ。

(2018年12月20日)

選択肢と回答割合

戊戌 52%
戌戊 37%
戍戊 11%

 「祭姪文稿」に限らず、昔の文書は冒頭に元号とともに干支を書くのが一般的でした。今でも、例えば2019年の年賀状に「己亥」と記す人はいます。ところで「干支」を「えと」と読ませるのは一般的に行われていますが、ここでは「かんし」と読んでほしいと思います。現代日本の「えと」は12年に1度巡ってきて動物に当てられます。一方「干支(かんし)」つまり十干十二支は、10年に1度の「干」と12年に1度の「支」とを組み合わせ60年に1度巡ってくるもの。だから「干支」を「えと」の漢字として用いるのは、「祭姪文稿」の「姪」を日本語の「めい」と解釈するのと同じく、本来は不適切なのです。

 なお、2018年は「祭姪文稿」が書かれたのと同じ「戊戌」の年。くしくも昨年末にその60年の1度の年が一致したので出題しました。正解率は52%。似た字が多いのでいざ問われると迷うのでしょう。

「安史の乱」が正解率最高

答え

(正解率 64%)

安禄山、史思明の反乱は2人の名から1字ずつ取って「安史の乱」といわれる。玄宗皇帝が長安を逃れ楊貴妃が殺されるなど、唐は大きく揺らいだ。顔真卿は義兵を挙げよく戦ったが、親族が多数殺された。

(2018年12月21日)

選択肢と回答割合

17%
64%
19%

 最後の「安史の乱」は、乱の首謀者、安禄山の「安」と史思明の「史」を取った名称ということが分かっていれば簡単でした。正解率も今回最も高い64%でした。

 ちなみに安史の乱を背景にした日本の小説に夢枕獏さんの「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」があります。主人公である空海も顔真卿に影響を受けた一人といわれます。空海が唐に入ったのは顔真卿の死(785年)から約20年後。書の実物を見て感じるものがあったとしても不思議ではありません。

 今回の展覧会では、顔真卿の書だけではなく空海の国宝の書「金剛般若経開題残巻」も展示されます。日中の2人の天才の書を比べるのも見どころの一つといえましょう。

【岩佐義樹】

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