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ほとんど辞書に載っていない

「あっ」と思わず声が出たのは、三省堂国語辞典(三国)の最新第7版(2014年発行)で「戦犯」の項を引いた時でした。

①←戦争犯罪(人)。
②[俗]団体競技で負けるなどの悪い結果をまねいた人。

一つ前の第6版を見返すと、やはり①の語釈しか載っていません。②は改訂で新たに追加されたということです。

まだ三国の第6版が最新だった頃、手元の一通りの辞書で「戦犯」の意味を確認したことがありましたが、②のような語釈を載せている辞書は見つかりませんでした。スポーツで敗戦につながる決定的なミスを犯した選手が「戦犯」として非難される光景は、インターネット上ではよく目にします。

有名な誤用とされることも多い②ですが、使用実態を思えばいくつかの辞書は取り上げていそうなものだと想像していたので、その時は意外に思ったのでした。

追記
小学館の「現代国語例解辞典」の「戦犯」の項に該当の記述があるとの情報を頂き、調べてみました。

第3版(2001年)には載っておらず、第4版(06年)の段階で、「▼俗に、団体競技で試合に負けた原因を作った選手をいうことがある」という説明が追加されていました。

最新の第5版(16年)では、「▼俗に、団体競技や選挙などで負けた原因を作った人をいうことがある」と文言が微調整されています。

06年といえばその後、多くの辞書が改訂されており、まだ該当の記述のない三省堂国語辞典第6版(08年)の更に前に載せた例ということになります。

90年ごろから新聞にも用例

負ける原因を作った人を「戦犯」と呼び始めたのはいつごろなのでしょう。毎日新聞では基本的に「戦犯」を②の意味で使うことは避けますが、「いわゆる」の意味を込めて「カッコ付き」で使用したり、取材相手の発言に含まれる場合にそのまま使われたりすることがあります。

毎日新聞のデータベースを調べると、1990年前後から徐々に使用例が見られるようになります。新聞の使用実態はやや抑制的かもしれませんが、中曽根康弘首相(当時)の初の靖国神社公式参拝がニュースになった85年の少し後からということになります。

画像は89年11月3日付朝刊に掲載の「財界と政界」と題されたコラム。同年の参院選で惨敗した自民党が、経済同友会代表幹事の石原俊・日産自動車会長(いずれも当時)を、自民党に非協力的だったとして「超A級戦犯」扱いしているという内容です。

少し時代は下りますが、97年4月4日付朝刊に掲載された作家の城山三郎のインタビューには「日本を滅ぼすA級戦犯」という言葉が出てきます。城山三郎は、A級戦犯として処刑された広田弘毅を取り上げた小説の著者でもある点が考えさせられます。

それにしても、なぜ本来の意味である①から、全く内容の重ならない②が派生したのでしょうか。日本人にとっては「戦争犯罪を犯した人」はすなわち「戦争に負ける原因を作った人」「負ける戦争に導いた人」なのでしょうか。

上の二つの例もそうですが、②は「A級戦犯」という形で用いられることもよくあります。国際法廷でA級戦犯として裁かれた人物の多くは、国を指導する立場にありました。「戦犯」という言葉の、飛躍とも思える意味の変化には、戦後日本の複雑さが横たわっているようにも感じます。

「A級」の項には

三国の話に戻ると、古くから使用例のある語釈が最新版で載ったという点に興味を引かれます。辞書の作り手の方々の目には、特に「団体競技」について用いられるものとして、いよいよ人口に膾炙(かいしゃ)してきたと映ったのでしょうか。

また、三国には実は「A級」という項目があり、そこには第6版から「チーム敗北の――戦犯」という用例が載っています。このあたりの辞書の「あや」も、校閲記者としては気になるところです。

【植松厚太郎】

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